第七十二話 職人の目と瑠璃の器
賑やかだった昼の営業が終わり、西の空が茜色に染まる頃。
朔夜がカウンターを拭き上げていると、
カランカラン、と小気味よいドアベルの音が店内に響いた。
「やあサクヤ。約束の物を持ってきたよ」
旅の商人レインが、手頃な大きさの木箱を抱えて
にこやかに微笑みながら入ってきた。
カウンターの隅で丸くなっていたクロノが、
むくりと頭を上げて長い尻尾をゆっくりと揺らす。
「待っていましたよ、レインさん」
朔夜が手を止めて出迎えると、レインは木箱を丁寧に
カウンターの上へと置き、その蓋を静かに開けた。
◆
中から現れたのは、一つの美しいガラス瓶だった。
この世界の市場で見かける歪なガラス器とは明らかに違い、
表面に凹凸がなく、均一な厚みで作られている。
金属製の留め具と、特殊な樹脂のようなもので作られた
気密性を高めるためのパッキンが蓋の内側に施されていた。
「これが例の魔導具の一種、『気密の硝子瓶』さ。
蓋を閉めると魔法的な術式が働き、
中の空気を遮断して、外からの影響を完全に防ぐ。
ある特殊な工房でしか作られていない、なかなかの高級品だよ」
レインが誇らしげに説明するのを引き継ぐように、
朔夜はその瓶をそっと両手で持ち上げた。
◆
朔夜の目が、プロの料理人のそれに変わる。
まずは光に透かし、ガラスの内部に細かい気泡や
ひび割れに繋がりそうな傷がないかを細かくチェックする。
次に蓋を何度も開閉し、留め具の噛み合わせの硬さや、
パッキンが隙間なく密着しているかを指先で確かめた。
(厚みは十分にある。現代の広口瓶に近い造りだ。
これなら、熱湯に入れても急激な温度変化で割れる心配はなさそうだな)
じっと無言で瓶を調べ上げる朔夜の横顔を、
レインは感心したように、どこか楽しげに見守っている。
◆
「……うん、確かに素晴らしい造りです。これならいける」
朔夜の厳しい審査をクリアし、ようやく表情が緩んだ。
「レインさん、約束通り、まずはこの見本の一個を買い取らせてください。
実際に熱をかけて煮沸消毒をして、
本当に僕の思う通りの密閉ができるか、一度試してみたいんです」
「毎度あり。本当に君の目利きは恐れ入るよ」
レインは快く応じ、提示された代金を受け取った。
「さあ、君の厳しい実験にその瓶が耐えられるか、僕も楽しみにしているよ」と
エールを残し、商人は満足そうに店を後にした。
残された朔夜は、手元の一瓶を見つめ、不敵に微笑む。
「よし、クロノ。さっそく準備にかかろうか」
「にゃお」
大きな手鍋にお湯を沸かし始め、朔夜はいよいよ、
異世界の技術と現代の知識を組み合わせた、
ソースの長期保存実験へと足を踏み出すのだった。




