第七話 最初の客
男は、ふらつく足取りで黒猫亭へ近付いてくる。
かなり消耗しているのが分かった。
革鎧は裂け、腕には浅くない傷がある。
それ以上に酷いのは顔色だった。
まるで何日もまともに眠っていないような、疲れ切った目。
男は店先まで来ると、朔夜を見て僅かに警戒した。
けれど同時に、迷うような視線を店内へ向ける。
暖かな灯り。
漂うコーヒーの香り。
その空気に引き寄せられているのが分かった。
「……営業、してるのか?」
掠れた声だった。
一瞬だけ、朔夜は言葉に詰まる。
相手はどう見ても異世界人だ。
けれど、不思議と意味は理解できた。
頭の奥へ自然に言葉が入ってくる感覚。
「全言語理解か……」
思わず小さく呟く。
「?」
「あ、いや。してます」
慌てて言い直した。
「どうぞ」
男は少し迷ったあと、ゆっくり店へ入ってくる。
カラン。
扉のベルが静かに鳴った。
その瞬間だった。
店内の空気が、ふっと柔らかくなる。
男の肩から、僅かに力が抜けたのが分かった。
「……なんだ、ここ」
呆然としたように呟く。
「すげぇ、落ち着く……」
朔夜は、その言葉に小さく目を見開いた。
これが。
神の言っていた、“黒猫亭の力”。
男は引き寄せられるようにカウンター席へ座る。
その動作だけで、かなり無理をしていたのが分かった。
「何か、温かいもの出しますね」
朔夜は自然とそう言っていた。
男は驚いたように顔を上げる。
「……いいのか?」
「喫茶店なんで」
そう答えると、男は少しだけ笑った。
疲れ切った顔だった。
けれどその表情は、どこか安心したようにも見えた。
カウンターの上では、クロノが静かに男を見つめている。
低く唸ることはない。
どうやら、“悪い客”ではないらしい。
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