第六十九話 瑠璃色の鍋と小さな相棒
静かな厨房に、コトコトと手鍋が軽やかに鳴る音が響く。
朔夜は細かく刻んだルリリンゴを鍋に入れ、
少量の水を加えて弱火でじっくりと煮詰めていた。
熱が通るにつれて、白い果肉からじわじわと
鮮やかな青い果汁が染み出してくる。
それはまるで、透明な水の中に瑠璃色のインクを
一滴ずつ落としていったかのような美しさだった。
鍋の中はみるみるうちに、魔法の薬か宝石の液体のように
神秘的な青色へと染まっていく。
カウンターの特等席では、クロノが身を乗り出し、
鍋から立ち上る上質で甘い湯気を
鼻をぴくぴくと小刻みに動かしながらじっと見つめていた。
その視線があまりにも熱烈で、今にも鍋に飛び込みそうなほど
真剣なことに気づき、朔夜は木べらを動かしながら苦笑する。
◆
「クロノ、さっきからずっと見てるな。そんなに気になるか?」
「にゃあ」
クロノは「早く食べたい」とばかりに前足を揃えて座り直し、
金色の目をこれ以上ないほど輝かせて朔夜を見上げる。
完全にオヤツをおねだりする時のポーズだったが、
朔夜はあらかじめ取り分けておいた小さな皿を指差して、
優しく首を振った。
「気持ちは分かるが、お前、これは食べさせられないからな。
これから砂糖を足して、人間用のソースにするんだ。
いくら美味しくても、猫の体に良くないものは入れられない」
「……にゃ〜ん」
言葉が通じているクロノは、あからさまにがっかりしたように
声を漏らし、耳を少しだけ後ろに寝かせて不満をアピールする。
◆
「だから、そう拗ねるな。
その代わり、味付けする前のやつをちゃんと端に置いといたろ?」
朔夜が笑いながら差し出した小皿の上には、
小さくサイコロ状にカットされた、生のままの青い果肉があった。
クロノはすぐに機嫌を直すと、嬉しそうに尻尾をピンと立てる。
小皿に顔を近づけ、前足で少し突っつくようにしてから、
シャキシャキと小気味よい音を立てて美味しそうに食べ始めた。
その満足そうな相棒の様子を見届けてから、
朔夜は再び手鍋へと意識を集中させた。
鍋の中に少量の砂糖と、ほんの少しのレモン汁を加える。
弱火のまま木べらで静かに円を描くように混ぜていくと、
ルリリンゴの甘みにレモンの爽やかな酸味が加わり、
さらに深みのある香りが厨房を満たしていった。
とろみがつくまで丁寧に煮詰め、火を止める。
完成したソースをスプーンですくい上げて光に透かすと、
それはまるでサファイアを溶かしたかのような、
透き通った美しい瑠璃色になっていた。
◆
「よし、ソースはこれで完璧だ」
粗熱を取るために鍋を休ませている間に、
朔夜は冷やしておいたプリンを冷蔵庫から取り出した。
現代の減らない食材である卵と牛乳で作った、
優しい色合いをした、なめらかなクリーム色のプリンだ。
今回はいつものシンプルな丸い型だけでなく、
女性客や小さな子供が喜ぶようにと、
てっぺんに星やハートの形の窪みができる特製の型も使ってみた。
いよいよ、この試作品の仕上げに入る。
朔夜は試しに、星型の窪みがあるプリンを器へ盛り付け、
その頂上へ今作ったばかりの青いソースをそっと流し込んだ。
すると、窪みに瑠璃色のソースが溜まり、
クリーム色のプリンの真ん中にくっきりと青い星が浮かび上がる。
そこから溢れ出した鮮烈な青いソースが、
柔らかな斜面をゆっくりと伝い落ちていった。
「見た目は文句なしだな」
皿を少し揺らすと、プリンと一緒に青い星がきらきらと揺れる。
果肉を食べ終えたクロノが、今度はその完成品を不思議そうに見つめる中、
朔夜はスプーンを手に取り、いよいよ試食の準備を始めた。




