第六十七話 赤と青の果実
レインが淹れたてのブレンド珈琲をゆっくりと味わい、
ふぅ、と満足そうに息を吐き出した頃。
カウンターの上では、オヤツを堪能したクロノが
すっかり満足して、前足に顎を乗せてくつろいでいた。
朔夜は手元を片付けながら、
ふと思い出したようにレインへ声をかける。
「そういえばレインさん、さっき言っていた
『面白い果実』って、どんなものなんですか?」
「お、興味を持ってくれたかい?」
レインは待ってましたとばかりに嬉しそうに目を輝かせ、
足元に置いていた大きな鞄から、
ごそごそと布に包まれた丸いものを取り出した。
「これさ。市場の珍品売りが少しだけ持ち込んでいてね。
朝早くから市場に行った甲斐があったよ」
◆
レインが丁寧に布を広げると、
中から現れたのは、片手に収まるほどの丸い果実だった。
瑞々しく艶やかな外皮は、どこからどう見ても、
日本の市場で見かけるような、実によく熟れた「赤いリンゴ」だ。
「見た目は普通の林檎に見えますが……」
「ふふ、そう思うだろう? サクヤ、ナイフを貸してごらん」
朔夜が手渡した小さなペティナイフを受け取り、
レインは慣れた手つきで果実を真っ二つに切り分けた。
サクッ、と小気味よい音が響く。
切り開かれたその瞬間、朔夜は思わず目を丸くした。
「……え?」
真っ赤な皮の内側に隠れていたのは、
透き通るような、目が覚めるほど鮮やかな「青色」の果肉だった。
まるで澄んだ南国の海か、あるいは瑠璃石を思わせるような
美しい青が、部屋の光を反射してきらきらと輝いている。
◆
「にゃあ?」
カウンターの端で寝そべっていたクロノも、
その異様な色に気づいたのか、むくりと起き上がった。
トントンと足音を立てて近寄ると、
金色の目を丸くして、青い果肉を不思議そうに覗き込んでいる。
「驚いたかい? 僕も実物を見るのは初めてでね。
はるか遠くの未開の山奥にしか実らないらしくて、
この街の市場にはまず出回らない幻の果実なんだ。
旅の商人がたまたま持ち込んだのを、運良く買い占められてね」
レインは一切れを小さく切り分け、朔夜に差し出した。
「この色だからね、さぞ酸っぱくて冷涼な味がすると思うだろう?
まぁ、食べてみてよ」
朔夜は少しだけ躊躇しながらも、
青い果肉を一切れ、口へと運んだ。
シャキッとした心地よい歯ごたえの直後、
溢れ出した果汁が口いっぱいに広がる。
◆
「……! ものすごく、甘いですね」
青い見た目から想像していた酸味はほとんどなく、
まるで上質な蜜をそのまま閉じ込めたかのような、
濃厚で上品な甘みが口の中を満たしていく。
後味は驚くほど爽やかで、品のある香りが鼻へ抜けた。
「だろう? このギャップがたまらなくてね。
サクヤなら、これで面白いお菓子を作れるんじゃないかと思って、
少しお裾分けを持ってきたんだ」
レインはそう言って、残りの果実を布ごと朔夜へ差し出した。
「ありがとうございます。これは創作意欲が湧きますね……。
この青さを活かした、面白い焼き菓子を考えてみます」
朔夜は青い果肉を見つめながら、静かに目を輝かせた。
その隣で、クロノも「自分も食べたい」とばかりに、
一切れの果肉をじっと見つめ続けていた。




