↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『潰れかけ喫茶店ごと異世界転移したので、黒猫と静かに営業していたら最強の休憩所になっていました』  作者: CASCADE


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/174

第六十三話 夕暮れの寄り道




新しくメニューに加わったスパイスケーキは、

常連たちの間で、早くも静かな評判を呼び始めていた。

夕刻、少し涼しくなった風が、

黒猫亭の窓から入り込み、白いカーテンを優しく揺らす。


カラン。

扉の鈴が、ゆっくりと鳴った。

入ってきたのは、衛兵の任務を終えたばかりのガルドだった。

いつもの無骨な鎧の上から、

今日は珍しく、薄手のマントを羽織っている。


「いらっしゃいませ。今日はお仕事帰りですか?」

「おう。街の外を少し回ってきてな。

身体の芯が、どうにも妙に冷えちまってる」


ガルドは大きな体を揺らしながらカウンターに座り、

軽く自分の肩を叩いた。


「サクヤ、あいつが言ってた

『新しい香りの菓子』ってのはまだあるか?」

「ええ、スパイスケーキですね。ございますよ」

「じゃあ、それと……いつものやつを頼む」



◆



朔夜は静かに頷き、仕込みを始めた。

夕暮れの店内に、コーヒー豆を挽く規則正しい音が

心地よく響き渡る。

そして、先ほど焼き上がったばかりの

スパイスケーキを丁寧に切り分け、皿へと乗せた。


コト、とガルドの前に置かれた、

深い琥珀色のコーヒーと、きつね色のケーキ。


「いただきます、だな」


ガルドは大きな手で小さなフォークを器用に持ち、

まずはスパイスケーキを一口、口に運んだ。


「……ほう」


噛みしめた瞬間、ガルドの目がわずかに見開かれた。

ただ甘いだけではない。

ほんのりとしたスパイスの熱が、

喉の奥からじんわりと、冷えていた体に染み渡っていく。


「こいつは、ただの菓子じゃねえな。

じんわりと熱が巡るような……不思議な感覚だ」

「仕入れたスパイスが、身体を温める効果のある

ものだったようです。冬場や、冷えた夕方にはぴったりかと」


朔夜が平然と説明する傍らで、

ガルドは熱いコーヒーを一口すする。

コーヒーのコクと、スパイスの爽やかな余韻が

口の中で完璧に混ざり合い、

ガルドの大きな肩が、すとんと下りた。



◆



「にゃあ」


いつの間にか、クロノがカウンターの上を歩いてきて、

ガルドの腕のすぐそばに、ちょこんと座り込んだ。

金色の目を細め、静かにガルドを見つめている。


「なんだ、お前も美味そうだと思うか?

だが、これはお前には刺激が強すぎるな」


ガルドがいたずらっぽく笑うと、

クロノは「知っている」とでも言うように、

一度だけ小さく鼻を鳴らした。

そして、ガルドのマントの裾を、

前足で優しく、ふみふみと踏み始める。


「……おいおい、生地が傷むぞ」


口ではそう言いながらも、

ガルドの表情は、完全に緩みきっていた。

クロノの小さな体温が、マントを通して

ガルドの手元をじわじわと温めていく。


外の通りでは、家路を急ぐ人々の足音が

少しずつ遠ざかり始めていた。

黒猫亭の窓から差し込む夕日は、

店内を濃いオレンジ色に染め上げている。



◆



「ふう、生き返ったな」


ケーキの最後の一切れを口に放り込み、

コーヒーを最後の一滴まで飲み干したガルドが、

深く、満足そうに息を吐き出した。


「やっぱり、ここに来ると、

一日の終わりの格好がつくな」

「ただの喫茶店ですが、そう言っていただけると光栄です」


朔夜が空いた皿を下げながら言うと、

ガルドは嬉しそうに口元を緩め、代金を置いた。


「またな、クロノ。お前も風邪をひくなよ」

「にゃ」


クロノはガルドを見送るように、

一度だけ尻尾をパタパタと振った。

カラン、と鈴の音が鳴り、扉が閉まる。


夕闇がゆっくりと街を包み込んでいく中、

黒猫亭のカウンターには、

まだ、温かいスパイスの香りが優しく残っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。