第六十一話 雨上がりの陽だまり
午後を回ると、分厚い雨雲の隙間から
まぶしい光が差し込んできた。
濡れた石畳が光を反射してきらきらと輝き、
冷えていた空気も、少しずつ温かさを取り戻していく。
先ほどの雨が嘘のように、
外の通りには買い物帰りの人々が溢れ始めていた。
「にゃあ」
クロノはカウンターの上から窓辺へと移動し、
差し込む日差しを浴びながら、
気持ちよさそうに伸びをしている。
カラン。
涼やかな鈴の音が響く。
入ってきたのは、常連のガルドだった。
その背中には、昨日までの遠出の疲れが
ほんのりと残っているように見えた。
「いらっしゃいませ、ガルドさん」
「おう。急な雨に降られてな、やっと上がったところだ」
ガルドはカウンターのいつもの席に座り、
軽く首を回してコリをほぐした。
「いつもの、少し濃いめで頼む」
「かしこまりました」
◆
朔夜は手際よく豆を挽き、
いつものように静かにお湯を注ぐ。
コーヒーの深い香りが漂い出すと、
ガルドの表情がわずかに和らいだ。
「そういや店主、さっき市場の入り口で、
薄茶色の髪の女が嬉しそうに歩いてるのを見かけてな」
「薄茶色の……」
「ああ。『黒猫のいる店で、見たこともない
温かくて甘い飲みものを飲んだ』って、
知り合いに熱心に話してたぞ」
ガルドは面白そうに鼻で笑いながら、
差し出されたブレンドコーヒーを一口すすった。
「その様子じゃ、今日も誰かの心を
温めてやったみたいだな」
「普通のココアを淹れただけですよ。
雨でかなり冷え切っていらっしゃいましたから」
朔夜が平然と答えると、
ガルドは「お前はいつもそれだな」と肩をすくめた。
◆
その時、窓辺で日向ぼっこをしていたクロノが、
トントンと軽い足取りでカウンターを歩いてきた。
そして、ガルドの肘のすぐ横で、
まるで話に加わるようにちょこんと座り込む。
「なんだ、クロノ。お前もあの嬢ちゃんを
温めるのを手伝ったのか?」
ガルドがからかうように手を伸ばし、
クロノの耳の後ろをそっと撫でる。
クロノは目を細め、静かに「にゃ」と鳴いて
ガルドの手のひらに頭を擦りつけた。
「はは、お前もいい仕事を下ってわけだ」
ガルドの無骨な手が、クロノの小さな温もりに
触れることで、さらに穏やかになっていく。
旅の疲れを癒やすブレンドコーヒーと、
気まぐれな黒猫の寄り添い。
雨が上がったばかりの黒猫亭には、
いつもと変わらない、静かで優しい
平穏な時間が流れていた。
◆
ガルドがゆっくりとカップを干し、
ふう、と満足気なため息をついた。
「よし、これで明日からの仕事も
なんとかなりそうだ」
「それは良かったです」
ガルドは代金をカウンターに置くと、
「また来る」と言って、晴れ渡った街へと
力強い足取りで戻っていった。
カラン、と鈴が鳴り、静寂が戻る。
朔夜は空になったカップを片付けながら、
カウンターの上で再び丸くなったクロノを見つめた。
「クロノ、お疲れ様」
「にゃ」
黒猫亭の穏やかな午後は、
雨上がりの光に包まれて、静かに更けていく。




