第五話 異世界へ
「……なんか急に物騒になりましたね」
朔夜は少し引き気味に言った。
排除。
穏やかな喫茶店には似合わない言葉だった。
「安心しろ」
男は静かに首を横へ振る。
「その力は、“守る時”にしか使えない」
「君自身が争いを望まぬ限り、無闇に振るわれることはない」
朔夜は少しだけ考え込む。
店を守るための力。
それなら、まだ分かる気がした。
黒猫亭は、誰かが安心して休める場所であってほしい。
もしその空間を壊そうとする者がいるなら。
追い出したいと思うのは、きっと当然だった。
「……まあ、喫茶店ですしね」
「暴れる客は困ります」
そう言うと、男は小さく目を細めた。
ほんの少しだけ、安心したように。
「では、そろそろ時間だ」
「え?」
次の瞬間。
白い空間が、ゆっくり揺らぎ始める。
景色にひび割れのような光が走り、世界そのものが崩れていく。
「ちょ、待っ――」
「黒猫亭は既に向こうへ到着している」
「君は、いつも通り店を開けばいい」
男の姿が、少しずつ薄れていく。
「それだけだ」
「いや絶対それだけじゃないですよね!?」
朔夜のツッコミを無視して、男は静かに笑った。
「……良い縁に恵まれることを願っている」
その言葉を最後に。
白い光が、視界を埋め尽くした。
次に感じたのは。
鼻に届く、コーヒー豆の香りだった。
「…………え?」
ゆっくり目を開ける。
そこは、見慣れた黒猫亭の店内。
木製カウンター。
暖色ランプ。
少し軋む床。
何も変わっていない。
……ように見えた。
「にゃ」
カウンターの上で、クロノが静かに鳴く。
その直後。
店の外から、聞いたことのない遠吠えが響いた。
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