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『潰れかけ喫茶店ごと異世界転移したので、黒猫と静かに営業していたら最強の休憩所になっていました』  作者: CASCADE


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第四十八話 少し甘いもの

昼過ぎの黒猫亭は、いつものように静かだった。

   窓から入る風が、コーヒーの香りをゆっくり店の中へ流していく。

   カップを拭く音。

   豆を挽く音。

   そのどれもが、もう店の日常になっていた。


  「にゃ」

   クロノはカウンターの端で丸くなっている。


     朔夜は棚の奥へ視線を向けた。

     そこには昨日の焼き菓子。

     数は多くない。

     試作品として置いているだけだ。

     まだ“商品”と呼ぶほど完成しているわけではない。

     だが、出せなくもない。


    「……どうするか」

     小さく呟いたその時。


     カラン。

     鈴が鳴る。

     入ってきたのは、以前来た若い女性だった。

     黒猫を見に来た客の一人。

     だが最近は、普通に飲みに来ることも増えている。


    「こんにちは」

     朔夜は軽く会釈する。

    「いらっしゃいませ」

     女性はカウンターへ座ると、すぐにクロノへ視線を向けた。


    「今日は起きてるんですね」

     クロノは一度だけ尻尾を動かす。

     それだけだった。

     女性は小さく笑う。

    「相変わらずですね」

     朔夜は静かにカップを用意する。


    「ご注文は?」

     女性は少し考えてから言った。

    「甘めの飲み物、ありますか?」

     以前と同じ注文。

     朔夜は短く頷く。

    「あります」

     湯を沸かしながら、棚の焼き菓子へ視線を向け、一瞬だけ考える。

     そして、小皿を一枚取り出した。

     女性はその動きに気づき、首を傾げる。


    「何か増えました?」

     朔夜は焼き菓子を一つ皿へ乗せながら答える。

    「試作品です」

    「試作品?」

    「飲み物に合わせるものを増やそうかと思って」

     女性の表情が少し明るくなる。


    「わ、いいですね」

     朔夜は飲み物と一緒に皿を置いた。

    「まだ調整中ですが」

     女性は焼き菓子を見つめる。


     小さめで、甘い香りが少しだけ残っている。

     一口かじり、それから飲み物を口にした。

     数秒。

     ゆっくり味を確かめる。

     そして少し笑った。


    「……合いますね」

     朔夜は黙って続きを待つ。

    「甘すぎないから、飲み物の味が残る感じ」

     昨日のガルドとは違う感想。

     だが方向は近い。

     朔夜は小さく頷く。


    「なるほど」

     女性はもう一口食べながら店内を見回した。


    「ここ、前より落ち着く感じになりましたね」

    「そうですか?」

    「なんていうか……飲むだけの場所じゃなくなったというか」


     朔夜の手がわずかに止まる。

     それは昨日、自分でも少し感じていたことだった。

     女性はクロノを見る。


    「この子も含めて、店の空気になってるんですね」

     クロノは興味なさそうに目を閉じたまま動かない。

     朔夜は小さく息を吐く。

   「多分、本人は何も考えてません」


     女性が吹き出すように笑った。

     その笑い声も、今では黒猫亭に馴染み始めている。

     窓の外では、昼の風が静かに通り過ぎていった。

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