第四十四話 猫を見に来る店
黒猫亭の昼は、いつもと同じように静かだった。
だがその静けさの中に混ざる“目的”は、少しずつ変わっている。
ただ飲むための店から、何かを確かめるための場所へ。
「……流れ、変わってきたな」
朔夜は豆を計りながら、小さく呟いた。
同じ手順。
同じ音。
それでも空気だけがわずかに違う。
「にゃ」
クロノはカウンターの上で丸くなっている。
今日はほとんど動かない。
カラン。
鈴が鳴る。
朔夜は顔を上げる。
入ってきたのは、若い男女だった。
店内を一度見回し、男の方が慎重に口を開く。
「ここで……黒猫が見られるって聞いたんですが」
朔夜の手がわずかに止まる。
「います」
短く答える。
男は視線をカウンターへ向ける。
そこにクロノはいた。
丸くなったまま、ほとんど動かない。
女性の方が小さく息を漏らす。
「本当にいるんだ……」
朔夜は豆を挽く。
しゃり、と音が鳴る。
その間に、男が口を開く。
「じゃあ、飲み物を」
朔夜は視線だけを上げる。
「ご注文をどうぞ」
男は少し考えてから言った。
「じゃあ、普通のやつでいい」
朔夜は頷く。
「コーヒーですね」
それだけ。
女性の方が少し迷ってから、視線を上げる。
「私は……甘めの飲み物ってありますか?」
朔夜の手が一瞬だけ止まる。
だがすぐに戻る。
「あります」
短い返事。
それ以上の説明はしない。
だが、その一言で十分だった。
朔夜は静かに作業を始める。
豆を挽く音。
湯を落とす音。
それぞれが一定のリズムで重なる。
クロノは一度だけ目を開ける。
客の方を見る。
そしてすぐに目を閉じた。
それだけ。
やがてカップが二つ置かれる。
朔夜は淡々と告げる。
「お待たせしました」
二人はそれぞれ受け取り、口をつける。
男は一口飲んでから小さく息を吐く。
「……やっぱり、落ち着くな」
女性は少し遅れて、甘さに表情をゆるめる。
「こっちは、飲みやすいですね」
朔夜は何も言わない。
ただ拭き作業を続ける。
男がふとクロノを見る。
「噂の猫って、こうしてるだけなんですね」
朔夜は短く答える。
「特に何もしません」
男は少し笑う。
「それで人が来るのも不思議だな」
朔夜は視線を落とす。
だが否定はしない。
クロノはもう動かない。
ただそこにいるだけで、空気の一部として扱われている。
黒猫亭はまだ何も変わっていない。
それでも、“何を求めて来る店なのか”だけが、少しずつ形を変え始めていた。
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