第三十八話 目当てというもの
黒猫亭の昼は、相変わらず静かだった。
だが、その静けさの質は少しずつ変わっている。
待つ時間ではなく、“来ることを前提にした時間”になりつつあった。
「……変わってきてるな」
朔夜はカップを拭きながら、小さく呟いた。
豆の量も、果物の数も、少しずつ調整されていく。
同じようでいて、同じではない日々。
「にゃ」
クロノはカウンターの上で目を細める。
外の気配を、いつもより少し長く見ていた。
カラン。
鈴が鳴る。
朔夜は顔を上げる。
入ってきたのは、見慣れない商人風の男だった。
落ち着かないというより、“確かめに来た”という歩き方をしている。
「ここか……例の」
小さく呟く声。
朔夜は一拍だけ置く。
「いらっしゃいませ」
それだけ。
男はカウンターに座ると、店内を一度見回した。
「噂で聞いた。ここはただの飲み物じゃないってな」
朔夜は豆を手に取る。
「喫茶店です」
短い返答。
男は軽く笑った。
「それは見れば分かる」
少しだけ視線を落とし、続ける。
「ただ、これを飲んだやつが“面白い”って言ってたんでな」
朔夜の手が一瞬だけ止まる。
だが、すぐに動く。
「あります」
それだけ。
男は軽く頷く。
コーヒーが出される。
その横に、小さな果物。
男はまずコーヒーを一口飲む。
そして果物を口にする。
わずかに目を細めたあと、短く言った。
「……なるほどな」
評価というより、納得に近い声だった。
朔夜は静かに作業を続ける。
そのとき、男が少しだけ身を乗り出す。
「……これがあるなら、他の飲み物や食べ物も気になるな」
朔夜の動きが、ほんのわずかにだけ止まる。
だがすぐに、いつも通りへ戻る。
「検討中です」
短い返事。
男は小さく笑った。
「商売としては悪くない流れだな」
クロノが静かに尻尾を揺らす。
“店が商品として見られ始めた”ことを確かめるように。
黒猫亭はまだ小さい。
だが今、確実に「ただの喫茶店」という枠から少しだけ外れ始めていた。
感想、コメントお待ちしております(*..)”




