第二十九話 組み合わせるということ
昼の黒猫亭は、いつも通り静かだった。
だがその静けさは、もう“空白”ではない。
誰かが来た痕跡が、薄く重なり続けている。
「……少し、慣れてきたな」
朔夜は豆を手に取りながら、小さく呟いた。
同じ作業。
同じ音。
それでも、昨日とまったく同じではない。
「にゃ」
クロノはカウンターの上で丸くなったまま、片目だけを開ける。
外ではなく、この店の中だけを見ている。
カラン。
鈴が鳴る。
朔夜は顔を上げる。
入ってきたのは、何度か見た顔の冒険者だった。
もう迷いはない。
扉をくぐる動きが、少しだけ自然になっている。
カウンターに座ると、男は一度だけ店内を見回した。
「今日は、違ったものが飲みたい」
短い言葉。
それから、少し間を置く。
「それと……その飲み物に合う、軽いものはあるか?」
朔夜は一拍だけ考える。
そして、静かに頷いた。
「あります」
豆を挽く。
しゃり、と音が鳴る。
湯を落とす。
香りが立ち上がるが、いつもより少し柔らかい。
そこに、温めた白い液体を静かに合わせる。
色が少しだけ変わる。
角が取れたように、丸くなる。
朔夜はそれをカップに注いだ。
「どうぞ」
男は一瞬だけそれを見てから、口をつける。
すぐには何も言わない。
だが、飲み込んだあと、わずかに肩の力が抜けた。
「……前のより、柔らかいな」
ぽつりと出た言葉は、評価というより実感だった。
朔夜は小さく頷く。
次に、皿を出す。
小さな焼き菓子。
硬すぎず、軽い甘さがあるだけのもの。
「それと一緒にどうぞ」
男は一つ手に取る。
口に入れる。
少しだけ噛んでから、ゆっくり息を吐いた。
「……これ、合うな」
それだけで、十分だった。
朔夜は拭き作業に戻る。
会話は長く続かない。
だが、その沈黙はもう気まずさではない。
クロノが静かに尻尾を揺らす。
まるで、“また一段増えた”ことを確かめるように。
黒猫亭は、少しずつ「飲む場所」から「過ごす場所」へと形を変えていく。
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