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『潰れかけ喫茶店ごと異世界転移したので、黒猫と静かに営業していたら最強の休憩所になっていました』  作者: CASCADE


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第二十七話 変わらない場所

冒険者が出て行ったあと、扉の鈴はしばらく揺れていた。

   音はすぐに消えるのに、その“残響だけ”が妙に長く残る。

   黒猫亭の静けさは、以前よりも少しだけ複雑になっていた。


  「……変な感じだな」

   朔夜はカップを拭きながら、小さく呟く。

   忙しいわけじゃない。

   むしろ客は少ない。

   それなのに、“何もない時間”ではなくなっている。


  「にゃ」

   クロノはカウンターの上で丸くなったまま、尻尾だけをゆっくり動かす。

   外の気配にはもう反応しない。

   代わりに、この店の中だけを見ているようだった。

     

   朔夜はふと、カウンターの木目に視線を落とす。

   微かな擦れ跡。

   座った位置のわずかな歪み。

   どれも気づかなければ見えない程度のもの。

    (でも、確かに残ってる)

     来た人間が違うたびに、空気の層が少しずつ変わる。

   それは汚れでも、変化でもなく。

   ただ“積み重ね”だった。


     カラン。

     鈴が鳴る。

     朔夜は顔を上げる。

     入ってきたのは、また別の気配だった。

   先ほどの冒険者ほど軽くもなく、さっきの異質な存在ほど重くもない。

   中間。

   いや、“普通”に近い何か。

     女だった。

   旅装ではないが、どこか遠くから来たような雰囲気がある。


    「ここ……落ち着くって聞いたんだけど」

     朔夜は一瞬だけ間を置く。

    「喫茶店です」

     それだけ。

     女は少しだけ安心したように息を吐き、カウンターへ座る。


    「じゃあ、何か適当にお願い」

     その声には、探していた場所に辿り着いた人間の緩みがあった。

     朔夜は豆を挽く。

     しゃり、という音。

     それに女は目を細める。

    「……こういう音、久しぶり」

     ぽつりと漏れた言葉。

     朔夜は何も返さない。

     ただ、湯を落とす。

     香りが広がる。

     女はそれをじっと見ていた。

     そして一口。

     少しだけ時間を置いてから、息を吐く。


    「……ここ、変わってるのに落ち着くね」

     朔夜はほんの少しだけ目を細めた。

    「そうですか」

     それだけ。

     会話はそこで終わる。

     だが、店の空気はまた少しだけ変わっていた。

     クロノがゆっくりと伸びをする。


     まるで、“また一つ増えた”と確認するように。

     黒猫亭は、変わっていないようで変わっていく。

   その繰り返しの中に、確かに“場所”としての形を持ちはじめていた。

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