第二十三話 静けさの向こう側
黒猫亭の昼は、今日も静かだった。
だが、その静けさは昨日とは少し違う。
何も起きていないはずなのに、どこか“待っている空気”がある。
「……慣れてきた、ってことか」
朔夜はカップを拭きながら、小さく呟いた。
人が来ない時間。
それが苦痛ではなくなっている。
むしろ、その隙間が店の形を整えているように思えた。
「にゃ」
クロノはカウンターの上で丸くなったまま、尻尾だけをゆっくり揺らす。
外には興味がないようでいて、完全には無関心でもない。
この店に起きる“わずかな変化”だけを拾っているようだった。
朔夜は棚を見上げる。
まだ空きの多い食器棚。
だが、昨日よりも少しだけ“使われた感覚”がある。
(店って、増えていくんじゃなくて、馴染んでいくのかもしれないな)
誰かが座った場所。
誰かが飲んだ時間。
それが消えずに残っていく。
黒猫亭は、まだ完成していない。
けれど、もう“ただの空き店舗”ではなかった。
カラン。
不意に、鈴が鳴った。
朔夜は顔を上げる。
扉の前に、誰かの影が立っている。
まだ中へは入っていない。
迷っているような、確かめているような気配。
「……来るか」
朔夜は静かに立ち上がった。
クロノが目を細める。
まるで、その瞬間を待っていたように。
黒猫亭は、また少しだけ動き始めていた。
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