第二話 白い空間
視界が真っ白だった。
音もない。
床の感覚すら曖昧で、身体が浮いているような感覚だけが残っている。
「……ここ、どこだ」
朔夜は周囲を見回した。
何もない。
白い空間が、どこまでも続いている。
「にゃ」
足元から声がした。
「クロノ!」
黒猫は普段と変わらない様子で座っていた。
尻尾をゆらゆら揺らしながら、じっと前を見つめている。
その視線の先。
いつの間にか、一人の男が立っていた。
白い髪。
静かな目。
けれど、どこか疲れたような空気を纏っている。
「突然ですまない」
男は、疲れたような、それでいて申し訳なさそうな声で言った。
「君には、別の世界へ行ってもらう」
「…………は?」
あまりにも唐突だった。
「いや、ちょっと待ってください」
「店は? というか俺、普通に営業中だったんですけど」
「安心しろ。店ごと移動する」
「安心できる要素あります?」
思わず真顔になる。
男は少しだけ困ったように目を細めた。
「この世界には、“戦える者”は多い」
静かな声が、白い空間へ響く。
「だが、“休ませる者”が足りなかった」
その言葉だけは、不思議と胸に残った。
「だから君に、黒猫亭を続けてもらいたい」
朔夜は眉をひそめる。
「……俺、別に特別な人間じゃないですけど」
「知っている」
即答だった。
「だが君は、疲れた者へ温かいものを差し出せる」
「それだけで十分だ」
白い空間の中で。
クロノだけが、静かにその男を見つめていた。
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