第百八十六話 満たされる大地の楔と、羅針盤の共鳴
「見ろよ……サクヤ! 羅針盤が、見たこともねぇような光を放ってるぞ!」
ガルドの驚き混じりの声に、店内の視線が一斉にカウンターの隅へと注がれた。
真鍮の羅針盤から溢れ出した黄金色の光は、セレスの魔法の光粒子と溶け合い、天井を優しく撫でるようにゆっくりと広がり始めていた。
歪みを抑え込む激しい光ではない。まるで柔らかい絹の糸が、何重にも重なり合って世界と世界を優しく結び直していくかのような、どこまでも穏やかで暖かい輝き。
「素晴らしい……。魔力の巡りが、これ以上ないほど滑らかに繋がっていくのを感じます。次元のゆがみによる摩擦が……消えていく……」
アルテが胸に手を当て、感極まったように目を潤ませる。
◆
「サクヤさん、スープのおかわり、こちらのお席にもいただけますか!」
「うちのテーブルにも頼むわ! こんなに美味いもん、幾らでも腹に入るぜ!」
「はい! ただいま持っていきますね!」
朔夜は手際よくお玉を動かし、注ぎたての熱々スープを次々と皿へ盛っていく。
クロノも小さな体を目いっぱい使ってカウンターの上を駆け回り、出来上がったお皿を運びやすい位置へと押し出していた。
「みぁ〜っ! ふにゃ〜っ!」
「あはは、クロノちゃんありがとね! はい、お礼のナデナデ!」
「ふにゃ〜ん……」
仕立て屋のシルフィに頭を撫でられ、一瞬デレけた表情を見せるものの、すぐに気を引き締めて朔夜の元へ戻るクロノ。
二人の阿吽の呼吸に、客席のあちこちから笑い声が巻き起こる。
◆
王都の戦士も、天空都市の住人たちも、森の魔道士も、誰もが同じスープを味わい、同じ温もりを分け合っていた。
言葉や文化の壁を超え、黒猫亭を支えるすべての者の「感謝」と「歓喜」が、この店を巨大な「あたたかな楔」として完成させていく。
(父さん……母さん……見えてる……?)
スープの湯気の向こう側で、楽しそうに笑い合うみんなの姿を見つめながら、朔夜の心にも熱いものがこみ上げてきた。
「みぁ〜ん」
ふと足元を感じると、クロノがそっと朔夜の足に寄り添い、大丈夫だと伝えるように丸い瞳で見上げている。
「……うん。僕たちの『黒猫亭』は、もう絶対に揺らぐことはないね」
◆
真鍮の羅針盤の針が、ゆっくりと、けれど確かな手応えとともにカチリと中央で固定された。
次元の揺らぎが完全に収束し、世界と世界を永久に繋ぐあたたかな架け橋が完成した瞬間だった。
大宴会はいよいよ最高潮を迎え、大団円への最後のページがめくられようとしていた。




