第百八十五話 幕開けのベルと、あたたかな重なり
静かな朝靄を切り裂くように、街の鐘が清々しく響き渡る。
黒猫亭の店内は、朝から不思議なほどの熱気と優しさに満ちていた。
磨き上げられたテーブルにはセレスが魔法学院から借りてきた光の魔導具がセットされ、やわらかな黄金色の光粒子が、まるで星の瞬きのように天井付近を舞っている。
「サクヤさん、準備はすべて完了しました! 魔法の光の巡りも完璧です!」
「市場からの追加のパンも届いたわよ! サクヤ、いつでも来いって感じね!」
エプロン姿のレインとセレスが頼もしい笑顔を見せる。
「ありがとうございます、お二人とも。……よし、クロノ。準備はいいか?」
「みぁ〜っ!」
朔夜の呼びかけに、クロノは胸を張り、キリリとした顔つきで大きく鳴いた。
◆
カランコロン――。
最初に扉を開けたのは、やはりこの男だった。
「サクヤ! 朝一番の客として乗り込んできたぜ! おお……なんだか店内がすげぇことになってるな!」
大槌を背負ったガルドが豪快に足を踏み入れると、続いて涼やかな鈴の音とともに扉が開く。
「サクヤ殿! 天空都市ルフェリアの民を代表し、お祝いに参りました!」
羽を輝かせたアルテと仕立て屋のシルフィ、そして雲の上の住人たちが、珍しそうに、けれど溢れんばかりの笑顔で店内へと入ってきた。
王都の街の人々、冒険者、そして異世界の訪れ。
かつては決して巡り合うことのなかった者たちが、黒猫亭というひとつの空間で肩を並べていく。
◆
「みなさん、本日は黒猫亭の『大感謝祭』へようこそ! 日頃の感謝を込めて、特別なお料理をご用意しました。どうぞ、心ゆくまでお楽しみください!」
朔夜の開会の挨拶とともに、店内から一斉に大きな拍手と歓声が上がった。
厨房へ向かった朔夜は、昨夜からじっくりと煮込んできた特大の銅鍋のふたを外す。
一瞬にして、芳醇な肉の旨味とハーブのさわやかな香り、根菜の甘みが合わさった極上の湯気が店内いっぱいに広がった。
「クロノ、スープ皿を頼む!」
「ふにゃ〜っ!」
クロノがすばしっこくお皿を並べ、朔夜が手際よくスープを注いでいく。
◆
「うおあぁっ……! なんという深い味わいだ……! 体の芯から温かさが溢れ出てくるぜ!」
「まあ……! お肉が口の中でほろほろとけていきます……こんなに優しいお料理、食べたことがありません!」
ガルドも、アルテも、シルフィも、ひと口食べるごとに驚きと幸せに満ちた表情を浮かべた。
違う世界で生まれ、違う言語や文化を持つ者たちが、同じテーブルで「美味しいね」と顔を見合わせて微笑み合っている。
◆
その瞬間――カウンターの片隅に置かれた真鍮の羅針盤が、かつてないほど強く、どこまでもあたたかな黄金の光を放ち始めた。
店内に満ちる無数の「美味しい」という歓喜と、人々の「笑顔」。
世界を繋ぐ真の絆が、いま確実に形となり、黒猫亭を優しく包み込んでいくのだった。




