第百七十三話 次元を越える噂と、賑わいの予感
天空都市の使者・アルテが晴れやかな表情で旅立ってから数日。
黒猫亭の周りには、今まで以上に穏やかで澄んだ空気が漂っていた。
「ふぁ〜あ……今日はいいお天気だな、クロノ」
「みぁ〜ん」
開店前の仕込みを終えた朔夜が店内を掃除していると、カウンターの上で毛づくろいをしていたクロノが、のんびりとあくびを返した。
「アルテさん、無事に天空都市へ着いたかな。あっちの世界の人たちにも、僕たちの料理が受け入れてもらえると良いんだけど」
「ふにゃ〜っ!」
クロノは「サクヤのご飯なら絶対大丈夫ニャ!」と言うように胸を張り、朔夜の腕にすり寄ってきた。
◆
カランコロン――。
開店時間と同時に、威勢の良い音を立てて扉が開いた。
「サクヤ! 噂は本当か!? 王都のギルド本部で、この店が正式に『次元交流の重要拠点』に指定されたって持ちきりだぞ!」
真っ先になだれ込んできたのはガルドだった。その後ろから、セレスとレインも嬉しそうな笑みを浮かべて入ってくる。
「おはようございます、ガルドさん、セレスさん、レインさん。ふふ、情報が早いですね。王都から親書をいただいたのは本当ですよ」
「やっぱり! すごいわねサクヤ。これで名実ともに、この黒猫亭が世界一の喫茶店になったわけね」
「サクヤさんの努力と、ご両親の想いが結実した証ですね。僕たちも本当に誇らしいです」
◆
「ありがとうございます。でも、お店の基本は何も変わりませんよ。来れなくなったお客様を温かい料理で迎える……ただそれだけです」
「くぅ〜っ! 相変わらず謙虚だなあ! そういうところがサクヤの良いところだぜ! よし、祝いにいつもの頼む!」
「はい、かしこまりました。皆さんのお席もすぐに用意しますね」
朔夜が厨房へ向かおうとしたその時――。
カラン……コロン……。
◆
再び鳴り響いたドアベルは、いつもと少し違う、澄み渡るような鈴の音を奏でた。
「あの……すみません。天空都市のアルテ様からお伺いしたのですが……ここが『黒猫亭』でしょうか?」
扉の向こうに立っていたのは、透き通るような羽を持った若い女性と、大きな荷物を抱えた旅人風の男性二人組だった。
「ようこそ、黒猫亭へ! どうぞ、お好きな席へお掛けください!」
朔夜は満面の笑みで彼らを迎え入れた。
世界と世界が繋がり、新たな出会いが次々と店を彩っていく。
黒猫亭のあたたかな日常は、いよいよ最高の賑わいを見せ始めようとしていた。




