第百七十話 重厚なベルと、雲の上の来訪者
王都からの親書が届いた翌朝。黒猫亭は、いつもと変わらぬ穏やかな仕込みの匂いに包まれていた。
トントンとリズム良く野菜を刻む朔夜の足元で、クロノが日当たりの良い床に寝転がり、のんびりとあくびをしている。
「今日のおすすめは、特製のハンバーグプレートにしようと思うんだ。クロノはどう思う?」
「みぁ〜ん」
クロノが「良いんじゃないニャ」と言うように尻尾をパタパタと振ったその時――。
◆
カラン……コロン……。
ドアベルが、これまでに聴いたこともない重厚で神秘的な音色を奏でた。
それと同時に、店内へかすかな潮風の香りと、星屑のような淡い青い光が流れ込んでくる。
「いらっしゃいませ!」
朔夜がいつものように爽やかな笑顔で出迎えたが、開いた扉の向こうに見えた光景に思わず息を呑んだ。
そこにあったのは慣れ親しんだ街並みではなく――見上げるほど広大な白い雲海と、そこに浮かぶ幻想的な宮殿の姿だった。
◆
「ここが……手記にあった、次元を渡る伝説の喫茶店か……」
現れたのは、頭部に立派な角を持ち、背には透き通るような羽を生やした、異世界の使節団と思われる若者だった。豪華な式典服を纏っているが、その表情には長旅の疲れと緊張の色が濃く滲んでいる。
「……驚かせてしまって申し訳ない。私は天空都市ルフェリアの使者、アルテと申します。我々の世界とこちらを繋ぐ道が急に安定し……気付けばこの扉の前に辿り着いておりました」
アルテと名乗った青年は、丁寧に礼を執りながらも、お腹を「ぐ〜……」と鳴らしてしまい、顔を真っ赤にした。
◆
「ふふ、大丈夫ですよ。遥々遠くからお越しいただき、ありがとうございます」
朔夜は優しく微笑むと、アルテを温かく店内へ招き入れた。
「ここは『黒猫亭』です。難しいお話の前に、まずは温かいお食事でもいかがですか?」
「みぁ〜っ」
クロノも警戒することなくトコトコと駆け寄り、アルテの足元で歓迎するように喉を鳴らす。
「よし、クロノ。アルテさんのお席を案内してあげてくれ」
「ふにゃ〜っ!」
中央炉が安定し、王都の認可を得たことで、ついに別世界との扉が本格的に開き始めた。
天空都市からの新たなお客さんを迎え、黒猫亭の物語はいよいよクライマックスの賑わいへと突き進んでいく。




