第百六十二話 ただいまの扉と、帰還の温もり
地下迷宮を後にし、『迷いの森』を抜け出た一行を待っていたのは、やわらかな夕暮れの光だった。
かつて森を包んでいたあの刺すような冷気と不気味な静寂は綺麗に消え去り、風が葉を揺らす穏やかな音が心地よく響いている。
「ふぁ……やっぱりお日様の光はいいもんだな!」
ガルドが大きく伸びをし、豪快に息を吐き出した。
「森の空気も、すっかり元通り澄み切っていますね。これなら街の人たちも安心して過ごせそうです」
レインが森を振り返りながら、清々しい笑顔を浮かべた。
◆
慣れ親しんだ街並みを抜け、見慣れた木造の建物――『黒猫亭』の前に辿り着く。
朔夜がポケットから鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んで回すと、カチャリと心地よい金属音が響いた。
ギィ……と静かに扉を開けると、そこには使い込まれた木製のテーブルと椅子、そしてほのかに香る珈琲と木調の匂いが変わらず残されていた。
「ただいま、黒猫亭」
「みぁ〜ん!」
朔夜の呟きに応えるように、クロノが真っ先に店内に駆け込み、カウンターのいつもの特等席へ飛び乗って毛並みを整え始めた。
「よしっ! 無事に帰ってきたことだし、サクヤ! 約束の“お祝いパーティー”と行こうぜ!」
ガルドが待ちきれない様子で腕をまくり上げる。
◆
「ふふ、はい! すぐに準備しますね。皆さんはテーブルでゆっくり待っていてください」
エプロンを締め直した朔夜は、腕をぶして厨房へと向かった。
無事に結界を安定させ、この場所を守り抜くことができた——その噛み締めるような安堵感とともに、包丁を握る手にも自然と力が入る。
(みんなが美味しく食べて、疲れを吹き飛ばせるような特別な料理を……)
厨房にカツカツとテンポの良い包丁の音が響き始める。
黒猫亭のあたたかな日常が、いま再び動き出そうとしていた。




