第百五十三話 地下の資料庫と、古びた日誌
静かな石段を降り切ると、そこには想像していたような薄暗い洞窟ではなく、しっかりと整頓された石造りの小部屋が広がっていた。
壁沿いには堅牢な木製の棚が並び、羊皮紙の書物や羊皮紙の地図、不思議な鉱石の標本などが整然と収められている。湿気を防ぐ防魔の結界が働いているのか、空気を満たしているのは古い紙とほのかな薬草の香りだけだった。
「ここは……資料庫、か?」
朔夜が魔導灯の光をかざすと、部屋の中央にぽつんと置かれた頑丈な作業机が浮かび上がった。
「ふにゃ〜……」
いち早く机へ駆け寄ったクロノが、チョイチョイと前足で机の上の物体を突っついている。
そこにあったのは、一冊の分厚い革装丁の日誌だった。表紙には、黒猫亭の地下室の扉や羅針盤で見かけたものと同じ、一輪の意匠が刻まれている。
◆
朔夜は慎重に日誌を開いた。
そこに記されていたのは、黒猫亭がこの地に根を張るまでの流転の記憶――そして、幾重にも重なる次元の境界を維持するための『機構』についての記録だった。
『黒猫亭は単なる店舗にあらず。次元の歪みを穏やかに収める“錨”であり、訪れる者に憩いを与える“避難所”である』
『境界の均衡が保たれる限り、扉は求める者の前に開き続ける。……もし結界が揺らぐ時があれば、鍵を持つ者が追憶の地下より新たなる巡路を開くであろう』
幾人もの先達の手によって書き継がれてきたような筆跡の重み。
両親が大切に守り、そして自分へと託してくれた『黒猫亭』という場所の、本当の役割が少しずつ明かされていく。
◆
「なるほどな……。店が色んな世界のお客さんを引き寄せるのも、この結界の錨としての性質があったからなのか」
「みぁん」
クロノが朔夜の腕にすり寄ってきた。まるで「大丈夫、どんな店でも僕たちがいるよ」と励ましてくれているかのようだ。
日誌の最後のページをめくると、そこには迷いの森のさらに奥――未だ描かれていない地図の白紙部分と、一つの魔法陣の図面が遺されていた。
(結界の核を完全に安定させるには、この先にある『中央炉』へ向かう必要があるみたいだな……)
朔夜は日誌を丁寧に鞄へと仕舞い込み、クロノと視線を交わした。
「長旅になりそうだけど、一度街に戻って準備を整えるか。みんなも心配してるだろうしな」
「ふにゃっ!」
相棒の力強い返事を聞きながら、朔夜は一旦街へ戻り、仲間たちに報告と再準備の相談をすることを決意するのだった。




