第百五二年 深部に眠る階段と、ぬくもりのスープ
静寂が取り戻された森の中に、ゴゴゴ……と重厚な石の擦れ合う音が響き渡る。
石碑の台座がゆっくりと横へスライドし、足元には冷やりとした空気が漂う地下階段が現れていた。緩やかな傾斜を描きながら、闇の奥へと続いている。
「みぁ……?」
クロノが朔夜の胸元からひょっこりと顔を出し、不思議そうに階段の奥を見つめて首を傾げた。
「大丈夫だ、クロノ。嫌な感じの魔力はしないよ。……むしろ、どこか温かい」
暴走していた冷気が完全に収まり、森には本来の静けさと柔らかな風が戻っていた。
朔夜は石碑にはめ込んだ真鍮の羅針盤をそっと手に戻す。青かった光は落ち着き、今は静かに地下階段の先を指し示している。
◆
「本格的に潜る前に、少し体力を戻しておこうか」
朔夜は階段の手前にある平らな石に腰を下ろし、リュックから魔法の保温筒を取り出した。
フタを開けると、閉じ込められていた湯気とともに、香ばしい生姜と濃密なコンソメの香りがふわりと立ち上る。
「はい、クロノの分だ」
冷まして持ち運んでいた鶏ささみのスープ煮を小鉢に分けてやると、クロノは嬉しそうに「ふにゃ〜っ!」と喉を鳴らし、ペチャペチャと音を立てて美味しそうに舐め始めた。
朔夜も熱々のとろみスープを一口口に含む。
生姜のピリッとした辛味と野菜の甘みが体中に染み渡り、緊張で強ばっていた肩の力がすっと抜けていくのを感じた。
◆
(両親から受け継いだあの店が、まさかこんな風にこの世界の秘密と繋がっていたなんてな……)
スープの温もりに包まれながら、朔夜は改めて自分の店――『黒猫亭』に思いを馳せる。
カウンターの木の手触り、昔から変わらない厨房の匂い、そしてあそこで笑い合うガルドやルカ、セレス、レインたちの顔。
あの温かな日常があるからこそ、自分は今こうして一歩踏み出せているのだと実感する。
「ごちそうさま。美味しかったな」
「みぁん!」
綺麗に平らげたクロノが、満足そうに前足で口元を拭い、シャキッと胸を張った。
◆
魔法の灯り(魔導灯)を取り出し、明かりを灯す。
「よし……行こうか、クロノ。この下に何があるのか、確かめに」
朔夜は灯りを高く掲げ、一歩一歩、慎重に地下への階段を降り始めた。
緑のマフラーをなびかせたクロノが、頼もしい相棒としてその少し先を軽やかに歩んでいく。




