第百四十九話 白銀の襲撃者と、黒猫の疾走
第百四十九話 白銀の襲撃者と、黒猫の疾走
ガサリ、と音を立てて藪を押し分けて姿を現したのは、全身を氷の結晶のような白い毛皮で覆われた巨大な狼――アイスウルフだった。
本来なら迷いの森の深部にしか生息しないはずの魔獣だ。
赤く光る瞳でこちらを威嚇し、凍てつく吐息を吐き出しながら、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「グゥルゥゥ……!」
「……やっぱり、外へ押し出されてきてるのか」
朔夜は静かに身構えた。
腰に差した護身用の短剣へ手をやり、クロノを庇うように一歩前へ出る。
◆
アイスウルフが地を蹴り、鋭い爪を剥き出しにして飛びかかってきた。
「くっ……!」
朔夜は反射的に身を翻し、間一髪でその一撃をかわす。
しかし、凍りついた地面に足を取られ、体勢を崩してしまった。
すささず追い打ちをかけようと、アイスウルフが再び朔夜へ向けて跳躍する。
「シャーッ!」
◆
次の瞬間、朔夜のリュックから一筋の漆黒の影が飛び出した。
緑のマフラーをなびかせたクロノだ。
小さな体に魔力を宿したクロノは、空中で素早く身を翻すと、アイスウルフの顔面へ向けて鋭い爪を振るった。
「ガアッ!?」
鼻先を鋭く引っかかれたアイスウルフが体勢を崩し、雪原へと転がり落ちる。
「ナイスだ、クロノ!」
態勢を立て直した朔夜は、すかさず腰の保温筒から熱々のスープを魔法で極小の弾丸状に圧縮し、相手の足元へと放った。
カアッ! と弾けた高熱のスープが爆発的な湯気を上げ、氷の地面を一瞬で溶かして激しい温度差を生み出す。
急激な熱と破裂音に驚いたアイスウルフは、戦意を喪失したようにキャンと鳴き、森の奥へと逃げ去っていった。
◆
「ふぅ……助かったよ、クロノ」
「みぁ〜ん!」
着地したクロノは、誇らしげに胸を張って着ているマフラーを整えた。
倒すことよりも「追い払う」ことに成功し、ふたりは安堵の息を漏らす。
だが、アイスウルフが逃げ去った方向――森のさらに奥から、羅針盤の青い光がいっそう強く輝き始めていた。
「光が強くなっている……。この先に、冷気の源泉があるのは間違いなさそうだ」
朔夜はクロノを優しく抱き上げ、リュックへと戻すと、より一層気を引き締めて静かな氷の森を奥へと進んでいった。




