第百四十八話 白銀の凍土と、輝く針
街を離れて東へ進むにつれ、周囲の風景は急速に色を失っていった。
本来なら枯れ葉が舞う静かな秋末のはずの街道が、まるで深い冬の最中に放り込まれたかのように、分厚い氷と霜で覆われている。
「……噂以上の冷気だな」
朔夜は白い息を吐き出しながら、しっかりと防寒着の襟を立てた。
背中のリュックから顔を出しているクロノも、お気に入りの緑のマフラーに鼻先まで埋め、寒さに身をすくませている。
「ふにゃ……みぃ」
「大丈夫か、クロノ? 寒かったら中に入るか?」
声をかけると、クロノは「大丈夫だ」と言うように小さな頭を振って見せた。その瞳はまっすぐ前方を見つめている。
◆
ついに『迷いの森』の入口へと到着した。
かつては緑豊かだった樹木群が、今はまるで結晶化した氷の彫刻のように冷たくそびえ立っている。
森の奥からは、ひんやりとした不気味な風が吹き抜けてきていた。
朔夜はポケットから、あの地下室で見つけた真鍮製の羅針盤を取り出す。
カチリ、と蓋を開けると、ガラスの奥で青い光を帯びた針が静かに旋回し――森のさらに奥、鬱蒼とした大樹の群生している方角を指してピタリと止まった。
(ただの冷気じゃない。この羅針盤が反応しているということは、やっぱり魔力的な何かが奥で起きているんだ)
◆
踏み固められた雪を踏みしめ、慎重に森の中へと足を踏み入れる。
静寂が支配する白銀の森の中で、ふたりの足音だけが「キュ、キュ」と規則正しく響いていた。
「……よし、少し休もうか」
大きな樹の根元、風がしのげる場所を見つけると、朔夜は腰を下ろした。
リュックから魔法の保温筒を取り出し、用意してきた『特製とろみ生姜コンソメスープ』をマグカップに注ぐ。
ふわりと立ち上る湯気と生姜の芳醇な香りが、凍てつく空間に一瞬の温もりをもたらした。
◆
「ほら、クロノ。お前の分のささみスープだ」
「ふにゃ〜っ!」
クロノは目を輝かせ、温かいスープをペチャペチャと美味しそうに舐め始める。
朔夜も熱々のスープを口に含むと、生姜のピリッとした辛味と肉の旨味が五臓六腑に染み渡り、冷え切っていた体がじんわりと温まっていくのを感じた。
「美味いな……仕込んできて正解だったよ」
ホッと息を吐いたその時。
――ガサリ。
奥の凍りついた藪の中から、あきらかに風ではない「何か」が動く重い音が響いた。
クロノがピクッと耳を立て、スープを舐めるのをやめて警戒の声をあげる。
「みゃ……!」
朔夜は静かにマグカップを置き、羅針盤を握り直した。
異変の核心へ近づくにつれ、迷いの森は牙を剥き始めていた。




