第百四十三話 忍び寄る影と、迷いの森の異変
第百四十三話 忍び寄る影と、迷いの森の異変
熱々の焼きカレーで店内に温かな笑い声が満ちる中、ガラガラと少し慌ただしい音を立てて店の扉が開いた。
「サクヤさん、セレスさん……ここにいましたか!」
駆け込んできたのは、街の警備隊員だった。息を荒らげ、肩にうっすらと積もった雪を払いながら店内を見渡す。
「どうしたんだい、そんなに焦って?」
仕入れの荷物を整理していたレインが、不思議そうに首をかしげて尋ねる。ガルドも「なんだなんだ、尋常じゃねえな」とジョッキを置いて顔を上げた。
隊員は表情を曇らせ、息を整えながら口を開いた。
◆
「実は……東の『迷いの森』の周辺で、原因不明の異常な冷気が発生しているんです。本来なら森の奥にしかいないはずの凶暴な魔獣が、人里近くまで降りてきているという報告が入りました」
「迷いの森……?」
その言葉に、朔夜は思わずポケットの中にある小さな真鍮の羅針盤を上から触れた。
先日、地下室で見つけた羅針盤。
あの日、青い光を放ちながら指し示していた方角こそ、まさにその『迷いの森』だった。
(地下室の羅針盤が指していた場所と、森の異変……ただの偶然じゃないはずだ)
「急な冷気か……。例年よりも冬の訪れが早いと感じていたが、森の精霊や魔力が乱れているのかもしれんな」
セレスが真剣な面持ちで顎に手を当てる。
「警備隊では近隣の巡回を強化しますが、皆さんも街の外付近へ行く際はどうか気を付けてください」
隊員が注意を促して去った後、店内に少しだけ重い空気が漂った。
「みぁ……」
雰囲気を察したのか、クロノがそっと朔夜の足元に擦り寄ってくる。緑のマフラーから覗く瞳が、心配そうに朔夜を見上げていた。
◆
「みんな、過剰に怖がる必要はないですよ。ひとまず今夜は、温かいものを食べてしっかり体を休めましょう」
朔夜は努めて明るい声を出し、みんなのカップに温かいお茶を注ぎ足した。
「そうだな! サクヤの言う通りだ。美味しいものを食っていれば、どんな寒さも吹き飛ぶぜ!」
ガルドの豪快な笑い声で、いつもの温かな空気が店内に戻ってくる。
しかし、朔夜の心の中には静かな決意が芽生えていた。
この店と街の日常を守るためにも、いずれあの森へ確かめに行かなければならない時が来る――そう予感しながら。




