第百四十一話 地下室の秘密と、導きの羅針盤
地下室のひんやりとした空気が、ランプの小さな炎に揺らめいていた。
朔夜は慎重に足を進め、奥にある古びた机の前へと歩み寄る。
机の上に残されていたのは、褪せた羊皮紙の地図と、鈍い銀色に光る小さな羅針盤だった。
「ふにゃ……?」
後を追ってきたクロノが、恐る恐る羅針盤へ鼻先を近づける。
すると、まるでふたりの接近に反応したかのように、ガラス面の奥で針が青白い光を帯びながら『クルリ』と回転し、指針が一定の方向を指してピタリと止まった。
「北……いや、この街の東にある『迷いの森』の方角か?」
◆
朔夜はそっと羊皮紙の地図を広げた。
そこにはこの街周辺の精密な地形と、いくつもの手書きのメモが残されていた。
『店舗転移の結界核――その維持には、世界の歪みを調和させる霊素が必要となる』
『選択の刻が訪れる時、羅針盤は真の道を示すだろう』
(店舗転移の結界核……? じゃあ、この店が異世界からそのまま移転して来られたのは、偶然じゃなくて何者かの意図的な魔法だったのか……?)
手記にあった「異世界にとどまるか、あるいは戻るか」という言葉が、重みを増して脳裏をよぎる。
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「みゃーお」
考え込む朔夜の足元で、クロノがそっと体をすり寄せてきた。
首元の緑のマフラーを揺らしながら、まるで「大丈夫だよ」と言うように温かな体温を伝えてくる。
「……そうだな。今すぐどうこうなる話じゃない。変に悩んで常連たちに心配をかけるわけにもいかないしな」
朔夜は息を小さく吐き出し、羅針盤と地図を慎重にポケットへ収めた。
地下室のドアをしっかりと施錠し、厨房へ戻ると、いつもの温かいスープの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
◆
ガラガラと音を立てて、表の扉が開く。
「サクヤさーん! 外、本格的に冷えてきたよ〜! あったかいご飯ちょうだい!」
「ルカ、入ったらすぐ扉を閉めなさい。冷たい風が入るでしょう?」
元気よく飛び込んできたルカと、呆れ顔で続くセレス。
「はいはい、今すぐ温かいシチューをお出ししますね」
朔夜はいつもの優しい笑顔を浮かべ、お玉を手に取った。
店に秘められた大きな謎。しかし、いま眼前にある愛おしい日常を守ることこそが、朔夜にとって何より大切なことだった。




