第十四話 朝の二人目
朝の黒猫亭は、まだ少し眠たげだった。
ランプの光が柔らかく壁を照らし、コーヒーの香りがゆっくりと空気に溶けていく。
朔夜はカウンターの奥で、豆を挽いていた。
しゃり、しゃり、と静かな音だけが店内に響く。
「……こういうの、変わらないな」
どれだけ世界が変わっても、やることは同じだった。
お湯を沸かし、カップを並べる。
喫茶店の朝。
その単純な作業が、なぜか落ち着く。
「にゃ」
クロノが窓際で丸くなっている。
朝日を浴びて、気持ちよさそうに目を細めていた。
そのときだった。
カラン。
扉のベルが鳴る。
「……え?」
朔夜は手を止める。
まだ営業時間には少し早い。
入口を見ると、小柄な影が立っていた。
獣人の少女。
犬のような耳と、ふわふわした尻尾。
背中には大きな荷物。
きょろきょろと店内を見回している。
「ほんとに開いてる……!」
ぱっと顔が明るくなる。
「いらっしゃいませ」
朔夜は少し戸惑いながらも声をかけた。
少女は嬉しそうに駆け寄ってくる。
「昨日、このあたりで噂聞いてて!」
「すっごく落ち着く店ができたって!」
朔夜は一瞬だけ言葉を止める。
昨日。
黒猫亭に初めて入ってきた男。
ガルド。
あれが、この店にとっての“最初の客”だった。
そして今日。
その次が来た。
少女はカウンターに座ると、ほっと息を吐く。
「……ほんとだ」
小さく呟く。
「なんか、ここ……安心しますね」
朔夜は少しだけ目を細めた。
昨夜から感じている、この店の変化。
まだ開店して間もない。
それなのに、少しずつ“誰かの場所”になり始めている。
「コーヒーでいいですか?」
「はい!」
元気な返事。
朔夜は静かにカップを用意する。
湯気が立ち上る。
その様子を、少女はじっと見つめていた。
クロノがひとつあくびをする。
黒猫亭の朝は、少しずつ確かに動き始めていた。
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