第十三話 夜の確認と静けさ
朔夜は閉店後、ひとりカウンターに座っていた。
「……今日、濃かったな」
たった一日。
それなのに、別世界に放り込まれ、客が来て、謎の侵入者まで現れた。
普通なら、頭が追いつかないはずだった。
「にゃ」
クロノがカウンターに飛び乗る。
いつも通りの顔。
まるで「まだ終わってないぞ」と言っているみたいだ。
「そうだな……確認、しとくか」
朔夜はゆっくり息を吐いた。
白い空間で“神”と名乗った存在。
そこで与えられたもの。
「……黒猫亭のスキル」
意識した瞬間、頭の奥に情報が浮かび上がる。
まるで最初からそこにあったかのように。
「【異世界喫茶】」
朔夜は小さく呟く。
◆
【異世界喫茶】
黒猫亭内部を“安全地帯”として固定。
・疲労回復
・精神安定
・魔力回復
・軽傷治癒
・敵意の減衰
・安眠補助
長くいるほど、効果は自然に馴染む。
◆
「……やっぱり盛りすぎじゃないかこれ」
思わず本音が漏れる。
ただの喫茶店の説明じゃない。
もはや“回復施設”だった。
「それと……これか」
もう一つの感覚。
【店主権限】
朔夜は視線を入口へ向けた。
もし、あの時のような“悪意”が来たら。
拒絶できる力。
理由は分からないが、それは直感で理解できた。
「追い出す、っていうより……入れない、か」
黒猫亭そのものが、境界になる。
朔夜は少しだけ息を吐いた。
そして最後。
【神秘調理】
カウンターの上に残っていたコーヒー豆を見る。
軽く指先で触れる。
その瞬間、ほんのわずかに“変化”を感じた。
「……これ、普通に淹れたらどうなるんだ?」
興味本位で、コーヒーを一杯だけ淹れてみる。
ゆっくりとお湯を落とす。
ぽたり、ぽたりと落ちる音。
店内に広がる香りが、いつもより少し深い。
「……ん」
クロノがぴくりと耳を動かした。
カップを口に運ぶ。
一口。
「……あれ?」
体の奥が、ふわっと緩む。
疲れが、静かにほどけていく感覚。
頭が軽い。
妙な安心感。
「これ……ただのコーヒーじゃないな」
朔夜はカップを見下ろした。
クロノが、満足そうに尻尾を揺らす。
まるで「それでいい」と言うように。
窓の外は、異世界の夜。
見知らぬ街。
知らない種族。
知らない危険。
それでも。
黒猫亭の中だけは、静かだった。
朔夜はカウンターに肘をつき、ゆっくり息を吐く。
「……とりあえず、明日も店開けるか」
それだけ言って。
少しだけ、目を閉じた。
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