第百三十四話 祭りの後の静けさと、クロノの小さな冒険
大収穫祭の熱狂から一夜が明け、街は静かな日常を取り戻していた。
連日の仕込みと屋台営業でさすがに疲れが出た朔夜は、思い切って「黒猫亭」を休業にし、今日一日をのんびり過ごすことに決めた。
「ふう……やっぱり、体が重いな」
静まり返った店内で温かいお茶を淹れ、ソファーに深く腰を下ろす。
いつもなら膝の上に飛び乗ってくるクロノの姿がない。
◆
「みゃおん」
勝手口の小さく開いた隙間から、クロノが外へ顔を出している。
普段なら朔夜のそばを離れないクロノだが、今日はお祭り気分の残る街の匂いに誘われたのか、珍しくひとりで散歩へ出かけたいらしい。
「いってらっしゃい、クロノ。車や怪しい奴には気をつけてな」
「ふにゃ」
ひとこと返事をすると、クロノは満足そうにしっぽをピーンと立て、小走りで秋の日差しの中へと出て行った。
◆
クロノを見送った後、朔夜は久しぶりに自分ひとりだけの静寂に包まれた。
ゆらゆらと湯気を立てるお茶を飲みながら、ぼんやりと窓の外の青空を眺める。
調理器具を磨いたり、手帳のレシピを整理したり……誰の注文も気にせず、好きなペースで時間を過ごす贅沢。
(この世界に来てから、こんなにのんびり家で過ごすのも久しぶりだな……)
静かな空間で羽を伸ばすうち、体の中に溜まっていた疲れがじわじわと解けていくのが分かった。
◆
一方その頃、クロノは秋風が心地よい裏通りを気ままに歩いていた。
途中でルカに「あ、クロノちゃんだ! 昨日はありがとね!」と頭を撫でられ、近所のパン屋のおばちゃんから「お疲れ様」と小さな肉の切れ端をおすそ分けしてもらう。
あちこちで街の人々に可愛がられ、満足そうに鼻を鳴らすクロノ。
黒猫亭と朔夜がこの街でどれほど愛されているかを、その小さな体で確かめるような散歩だった。
◆
陽が少し西に傾きかけた頃。
ガラリと勝手口が開き、どこか得意気な顔をしたクロノが戻ってきた。
「おかえり、クロノ。どこに行ってきたんだ?」
朔夜が迎え入れると、クロノは「みゃ〜ん」と甘えた声を出し、一目産に朔夜の膝の上へと飛び乗ってきた。
少し冷たくなった毛並みを撫でると、ゴロゴロと幸せそうな喉鳴らしが響く。
「よし、そろそろ夕飯の準備でもするか」
しっかり羽を伸ばした一人と一匹。
静かで温かな休日は、明日からの黒猫亭に新しい活力を満たしてくれるのだった。




