第百十六話 紫のきらめきと至福の午後
しっかりと粗熱が取れたタルトを、朔夜は切り分け用のナイフで丁寧にカットした。
サクッ、と小気味よい音が響き、断面からアーモンドクリームのしっとりとした黄金色と、紫雫葡萄の深い赤紫色が綺麗に顔を覗かせる。
「いい断面だ。生地もしっかり焼き締まってるな」
一切れを白い小皿に移し、淹れたてのストレートの蜜香茶を添える。
スツールの上で待ち構えていたクロノの前には、小皿にほんの少しだけ分けた葡萄の果汁ゼリーと無塩ミルクを置いた。
「お待たせ、クロノ。味見してみようか」
◆
フォークを入れ、大粒の葡萄ごとタルトを口へ運ぶ。
「……っ、これは美味いな!」
サクサクとした香ばしいタルト生地に、アーモンドの豊かなコク。
そこに熱が通って凝縮された紫雫葡萄の濃厚な甘酸っぱさと、じゅわっと広がる果汁が絶妙に絡み合ってくる。
すかさず温かい蜜香茶を一口含むと、お茶の蜜のような優しい甘みと渋みが葡萄の酸味をすっきりと包み込み、後味に上品な余韻を残した。
「タルトの濃厚さを、蜜香茶が綺麗にまとめてくれる。
相性は文句なしだな」
◆
「ふにゃ〜」
クロノもゼリーをぺろりと平らげ、口の周りを満足そうに前足で拭っている。
金色の瞳を細めて、朔夜の腕に「大成功だね」と頭をすり寄せてきた。
「これなら、秋のお茶会セットの選択肢に加えても喜んでもらえそうだ。
スコーンやクッキーとはまた違った、贅沢な味わいになるぞ」
朔夜はノートを取り出し、タルトの焼き時間やシロップの分量を手早く書き留めた。
◆
窓の外を見やると、九月の柔らかな日差しが石畳を照らし、穏やかな午後の時間が流れている。
「クロノ、夕方の営業からさっそく出してみようか」
「にゃん!」
力強い返事とともに立ち上がった黒猫の相棒とともに、朔夜は秋の深まりを告げる新しい仕込みに、いっそう腕を振るい始めた。




