第百十三話 初秋の夕風と深まる季節
ルカくん親子が笑顔で手を振って帰ったあと、
通りには茜色の夕暮れが静かに広がり始めていた。
開け放した窓からは、昼間の日差しをやわらげるような、
ひんやりとした心地よい初秋の風が通り抜けていく。
「ふう……今日もたくさんの人に喜んでもらえたな」
使い終えたティーポットやカップを洗い終え、
朔夜はふっと一息ついて窓の外の空を見上げた。
◆
カウンターの端では、一日看板猫として大活躍したクロノが、
前足をきれいに揃えて香箱座りをしている。
夕暮れの柔らかな光に照らされて、
その黒い毛並みが琥珀色にほんのりと染まっていた。
「クロノ、お疲れ様。ルカくんにもたくさん撫でてもらえてよかったな」
朔夜が声をかけると、クロノは金色の瞳を細めて
「ふにゃぁ……」と甘えたように小さくあくびをした。
◆
厨房の壁に掛けられたカレンダーに目をやると、
ページはすでに九月へとめくられていた。
異世界に来て、この黒猫亭を開いて迎えた初めての夏を越え、
季節は確実に歩みを進めている。
ルリリンゴの星空プリンやジェラート作りに励んだ暑い日々を抜け、
今日届いた蜜香茶の温かいお茶会セットが、新しい季節の扉を開いてくれた。
(街のみんなやクロノのおかげで、毎日が本当に実りある時間になっているな……)
◆
「九月に入って、朝晩の風もすっかり秋めいてきたな。
これから季節が深まったら、どんな新しい食材やお菓子に出会えるかな」
朔夜が呟きながらクロノの顎の下を優しく撫でると、
クロノは「当たり前でしょ」とばかりに
ごつんと朔夜の手に頭を預けてゴロゴロと喉を鳴らした。
通りからは秋の虫たちの声が涼やかに響いてくる。
九月の始まりを告げる心地よい夕風の中で、
黒猫亭の一人と一匹は、深まりゆく秋の豊かな気配を静かに楽しんでいた。




