第百五話 夕暮れの試飲と優しい広がり
夕暮れ時、黒猫亭の看板に明かりが灯ると、
ひんやりとした涼風に誘われるように、
カランコロンとドアベルが鳴った。
「こんばんは、サクヤさん。
なんだかお店の外まで、すっごく良い甘い香りが漂ってきたわよ?」
入ってきたのは、仕事帰りに立ち寄ってくれたセレスさんだった。
薄手のショールを羽織っており、
夕方の少し肌寒い風から逃れるように店内を見渡している。
「いらっしゃいませ、セレスさん!
ちょうど今、レインさんから仕入れた新しいお茶で
ミルクティーの試作を終えたところなんです。よかったら一杯いかがですか?」
◆
「あら、嬉しい! ぜひいただくわ」
カウンター席に腰掛けたセレスさんの元へ、
クロノがトコトコと歩み寄り、
「美味しいよ」と教えるように前足を揃えて座った。
「クロノちゃん、こんばんは。今日もいい子ね」
セレスさんが優しく喉元を撫でると、
クロノは目を細めてゴロゴロと心地よさそうに喉を鳴らす。
◆
「お待たせしました。『蜜香ロイヤルミルクティー』です」
朔夜が湯気を立てるカップを差し出すと、
セレスさんは両手でカップを包み込み、ふうっと息を吹きかけた。
「まあ……! お砂糖をたくさん入れたわけじゃないのに、
お花とハチミツが混ざり合ったような、とっても自然で深い甘い香りがするわね」
一口ゆっくりと含むと、セレスさんの表情が
ふわりと解けるように和らいだ。
「……すごく美味しい。
濃厚なミルクのまろやかさの後に、茶葉の香ばしさと甘みが
じんわりと身体の芯まで染み渡っていくわ。
夕方になって少し冷えてきた身体が、芯からぽかぽかしてくるわね」
◆
「気に入っていただけてよかったです!
この香りと甘みなら、季節の変わり目のリラックスタイムにも
喜んでもらえそうですね」
「ええ、間違いなく大人気になるわ。
サクヤさんの手にかかると、素材の良さが本当に何倍にも引き立つわね」
セレスさんの笑顔に、朔夜も嬉しそうに頷いた。
琥珀色の香りと温かな湯気が満ちる店内で、
黒猫亭の晩夏は、ゆっくりと優しい時間を刻んでいた。




