第百三話 蜜香茶の試作と琥珀色の湯気
レインを見送ったあと、朔夜はさっそく厨房で湯を沸かし始めた。
銅製の小鍋からシュンシュンと細かな湯気が立ち上る。
調理台の横には、丸いスツールに前足を揃えて座ったクロノが、
金色の瞳をきらめかせながらじっと手元を見つめていた。
「よし、まずはシンプルにストレートで淹れて、
茶葉そのものの風味を確かめてみよう」
朔夜が急須代わりの温めたポットに『蜜香茶』の茶葉を入れると、
乾いた茶葉からふわりと甘やかな香りが立ち上がる。
◆
沸きたての湯を静かに注ぎ、蓋をしてじっくりと蒸らす。
砂時計の砂がサラサラと落ちるのを、
クロノも首をかしげながら不思議そうに追っていた。
「そろそろいいかな……」
白い陶器のカップに最後の一滴まで注ぎ切ると、
透き通るような美しい琥珀色の液体が満ちていく。
同時に、まるで花蜜を煮詰めたような芳醇でやさしい香りが
厨房いっぱいに広がった。
◆
「いい香りだな……。クロノ、どう思う?」
カップを少し近づけると、クロノは鼻先をひくひくさせて
「ふにゃ」と心地よさそうに目を細めた。
朔夜も一口、ゆっくりと口に含む。
「……っ、すごくまろやかだ。
渋みがほとんどなくて、後味にすっきりとした甘みが残るな」
口の中に残る上品な余韻に、朔夜は確かな手応えを感じて笑顔をこぼした。
◆
「この優しい甘さとコクなら、少し濃いめに煮出して
ミルクと合わせても香りが負けないはずだ。
焼き菓子に粉末にして混ぜ込むのも良さそうだな」
思いつくアイデアを忘れないよう、
朔夜は手早くメモ帳に書き留めていく。
「にゃ〜ん」
クロノが「早く飲ませてよ」と言わんばかりに、
朔夜の腕にすり寄ってきた。
晩夏の午後の厨房に漂う、甘く温かい琥珀色の香り。
黒猫亭の新しいメニュー作りは、幸先の良い滑り出しを見せていた。




