最上さんと映画
映画館が窓から見えるコーヒーショップで、長い名前のコーヒーを吸い上げる。眠らないように念には念をという訳だ。といっても値段も効果も高い眠気を吹き飛ばす栄養ドリンクを今朝飲んで来てはいるんだが。
「すまない。待った?藤咲君。」
「今来たところだよ、最上さん。」
彼女は耳まで覆う、温かそうな生地の帽子を取って言った。青パーカーにぶら下がった、頭を覆える部分が仕事を取られて悔しそうに揺れている。手にはホットコーヒーを持って、対面に座った。
「早いね、三十分前だよ?」
「最上さんこそ、早いじゃないか。」
「いやいや。君を待たせるなんて、まだまだだな私も。」
彼女はホットコーヒーの意外な熱さに驚きながら、一口飲んだ。
「今日は私なんかを誘ってくれてありがとう。」
「夏に約束したからね。」
「あ、覚えててくれたのか。嬉しいな。」
待ち合わせは午前十一時だったのだが、店内の壁掛け時計は十時三十分を指し示していた。
「実は私、今日楽しみで眠れなかったんだ。」
「あ、そうなんだ。」
「でも、なんでだろうね。太陽が昇るまでは眠くないのに、日が差すと眠たくなるのは。」
「あるあるだね。」
「だからさ、眠気を吹き飛ばす栄養ドリンクを飲んできたんだけど、念には念を。コーヒーを飲んでおかないとね。」
何から何まで彼女と同じである。俺はポケットの中にあったチケットが二枚あるのを確認し、一枚を彼女に渡した。
「これが、今日のチケット。」
「ありがとう。『血みどろ男爵のゾンビクライシス』。今日観る映画だね。予習してきたよ。両シリーズの全作品。」
「そっか。勉強熱心だね。」
「君が好きらしいから、観たんだ。」
「俺が好きなのは『血みどろ男爵』シリーズだけだけどね。」
「そうか……。やはり、私は、まだまだ……。」
彼女は思いつめた目をして言った。
コーヒー店でひとしきり話したが、映画の上映開始まではまだ時間がある。手元の長い名前のコーヒーを飲み終わったし、彼女をどこかに誘おうか。
「最上さん、どこか行きたいところある?」
「そうね……ジム行きたいわ。」
「え?ジム?」
「体を動かしたいの。」
彼女は手首を回したり、肩を回したりと軽いストレッチをして体を動かしたいアピールをした。ダイエットが高じたのだろうか。とは言っても、流石にそこまでの時間は無いが。
「ジムはちょっと。上映時間までの時間じゃ厳しいかな。」
「あ、上映までの話だったのね、ごめんなさい。あなたの行きたいところなら、どこでもついて行くわ。」
「じゃあ、ゲームセンターにでも行こうか。斜向かいがそれだから。」
「わかった。」
二人で連れだって店を出る。ジム程の運動量とまではいかないが、体感型のゲームに誘えば、彼女も満足するだろう。
自動ドアが開いて、賑やかな音が俺たちを包む。最上さんは普段あまり来ないらしく、きょろきょろと見回している。
「こういうところには、妹とプリクラを取りに来るくらいかな。」
向かったのはシューティングゲームだ。ゾンビを銃で撃って殺すゲームである。俺はいたくこれを気に入っており、ここに来るたびに遊んでいる。
「本物の銃のように重いのね。」
「持ったことあるの?本物。」
「ないわ。」
慣れない二人でのプレイだったので、あっという間にやられてしまった。コンティニューをするかどうか聞こうとしたら、彼女が先に口を開いた。
「藤崎君。」
「なに?」
「プリクラ……一緒に撮らない?」
「いいよ。」
女性達のたむろ場所を通り抜け、プリクラの機体に向かう。一つ空いていた中に入ると、機械の声が出迎えた。
「シンプルなのでいい?」
「良く分からないから、最上さんの思う通りで。」
「分かった。」
機械に従い、何枚も撮る。時には腕を組みながら、時には手を組みながら。そうしてグラビアのような撮影が進んでいった。
少し待つと、プリクラが吐き出される。最上さんが備え付けのハサミで切り分けたあと、少し赤くなって半分を俺にくれた。見ると、そのすべてにハートが散りばめられていた。
ゲームセンターを出ると、上映まで丁度良い時間だった。昼に近付くに従って人が多くなる。今日は土日だというのに、スーツ姿の人達で溢れかえっていた。
「じゃあ、もういい時間だし、映画館に行こうか。」
「そうね。」
映画館は思ったよりも綺麗にしてあった。中は薄暗く調節され、映画の予告映像があちこちで流れている。ポップコーンの香ばしい香りが充満し食欲をそそる。蛍光灯に集まる蛾のように、ポップコーンの絵が描かれたネオンのもとに黒山の人だかりができていた、
「藤咲君、お昼前だし、何か買わない?」
「いいね。」
最上さんは、アイスコーヒーにチュロスを。俺はジンジャーエールにホットドックと大きいポップコーンを手にして、指定の席へと向かった。
「奢ってくれてありがとう。」
「いいよ、最上さん。財布の中、今温かいし。」
ダイエットしていることを忘れて、チュロスを美味しそうに頬張る最上さんを見ていると、本当は財布の中身が寂しいことなどどうでも良くなった。
俺の体内時計が十一時三十分を指し示す。お腹が空いた。ホットドッグを買ったのは正解だった。かぶりつくとぱさぱさのパンと、ドロドロのケチャップが実に良く合う。ソーセージはまあまあ。しかし、そこそこのボリュームはあるので、上映中にお腹が鳴ることはないだろう。
「ねえねえ、藤咲君。見て、このポップコーン。」
最上さんがポップコーンの容器を指差す。
「カップルサイズだって。」
「本当だ。」
最上さんは、一口ポップコーンを食べて言った。
「今日、カップルサイズのポップコーン一緒に食べたり、映画見たり、ゲームセンター行ったり、コーヒー飲んだり、楽しかったなぁ。あなたといると、なんだか落ち着く。」
「それは良かった。」
「なんだか、デートみたいね。」
彼女は薄く微笑んで言った。心の中は焦って否定したい気持ちで一杯だったが、心の声が口まで届く前に、言葉が先に出ていた。
「俺は最上さんと今、デートしているつもりだよ。」
薄暗いその場所が、ブザーと共に更に暗くなる。いつか、この場所でも上映されるであろう作品の予告が次々とスクリーンに映し出される。最上さんの反応が気になるが、なんとなく気まずいので、様子を伺うことができない。まあ、仕方がない。ポップコーンでも食べていよう。俺がポップコーンの容器に手を伸ばすと、その手に温かい体温が覆い被さった。そうして、すぐに映画が始まった。




