妹の幼児化
次の日目覚めると、横に妹が寝ていた。
頭が重く、ガンガンと痛む。二日酔いか。まあ、そりゃそうだろう。昼にも夜にも酒を飲んでたんだ。ならない方がおかしい。昨日の誕生日パーティーの内容を思い出そうとするが、ところどころ記憶が無くて非常におぼろげである。
「おい、おい千穂。起きろ。朝だよ。」
揺り起こすが返事はない。なんか、顔が赤いな。口の中でむにゃむにゃと唱えているので、顔を近づけて聞こうとすると、彼女の息は酒臭かった。
昨日のパーティーで、お酒なんか飲んでいただろうか。痛む頭を押さえながら、思い出す。思い浮かぶのは、誕生日会の終盤。夜中の一時過ぎ頃だったか。騒ぎ疲れて母の激辛チャーハンをだらだらとかき込む千穂。机の上には、俺の飲みかけの気が抜けたビールがグラスに残っていて、その横には千穂の飲みかけの辛いジンジャーエールが置かれている。妹は、俺のグラスに手を伸ばし……。
おかしいと思ってたんだ。ビールを注いでも注いでも、気づいたら無くなっているから。大方酔って、飲んだことを覚えてないのかな。くらいに考えていたのだが、今にして思うとあれは千穂が飲んでいたのか。
まあ、あいつのことだ。普段は生意気ながらも品行方正。生徒会の仕事を時々手伝っている程の優等生。という噂を聞くぐらい根は真面目なやつだ。未成年の身分での飲酒など、いつもの頭だと言語道断。今回は本当にうっかりといったところだろう。
それにしても不運な奴だな。辛いもの食べて麻痺した舌で、よく見れば明度の違うビールと、辛いジンジャーエールを取り違えるとは。
馬鹿だなと、千穂の肩をはたいたら寝がえりをうって壁を向いた。俺はベッドから起きだして、締め切ったカーテンを開け、窓も開ける。涼しい朝の風が頭を冷やして心地いい。太陽も昇ったばかりで、住宅街に差し込む日の美しさにぼーっと見とれていると、俺のTシャツの裾を引っ張る奴がいる。
振り返ると、千穂が俺の脚に縋っていた。
「お兄ちゃん、あのねあのね。遊んで欲しいのっ!」
顔の赤い幼児化した妹が、ニコニコと俺に笑いかけていた。
いつもの殊勝な態度はどこへやら。気丈な理性は自信と共に、雲のようにふわふわと浮ついていた。器は高校生で中身は子供なので、若干奇妙な感じがした。
「あのね、お水飲みたい!」
ああ、酒飲んで、喉が渇いたのか。机の上に置きっぱなしのお茶のペットボトルからコップに注ぎ、千穂に渡す。落とさないように両手で持って、こくこくと飲み干す。飲み終わった後に一息ついてこちらを見た。
「じゃあ、遊ぼ!」
まあ、昨日誕生日を盛大に祝ってもらったお返しだ。存分につき合ってやろう。
「そうしよう。なにして遊ぼうか?」
「お馬さんごっこ!」
「よしきた!」
膝をついて四つん這いになる。この体勢、今日は割ときついな。お尻を高く上げているので頭の方に血が流れて、頭の痛みが強くなった。
「あ、やっぱりちょっと待ってくれ。」
「どーん!」
ぐうっ。遠慮が無い飛び乗りは、尋常じゃない程のダメージを腰に与えた。
「よーし、お馬さん!行けえ!」
精神が幼くなっているからといって、体重が軽くなったわけじゃない。そこはかとない重みに身を震わせながら、腰を左右に振ることしかできなかった。
「つまんなーい!飛行機やって!飛行機!」
飛行機とは一人が仰向けに寝転がり、腰を直角に曲げて膝も直角に曲げる。もう一人が寝転がっている者のすねにお腹をつけて乗る。そうして体が浮くのだが、寝転がっている者がつま先を上下に振ることによって乱気流を演出するというものだ。
やってみると、これがお馬さんよりきつい。足に即座に苦痛が襲う。腰にクッションを差し込んでもなお、あり余る体重。足を一振りする前に体勢を崩してしまった。千穂の頭が俺の胸に直撃し、そのまま静かに寝息を立て始めた。
「本当、頼りないんだから。」
寝言なのか起きているのか分からないが、確かにそう言ったのは聞こえた。
「不甲斐ない兄ですまんな。」
そう妹に言って、体の力を抜いた。力を抜くと体の痛みがよく分かる。ああ、とんだ誕生日の翌日だ。
朝から頭の先から足の先まで満身創痍になった俺は、窓から見える、重さを感じさせない雲を眺め続けた。