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Ginger Yell  作者: エリス計画
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20/32

お祭り

 強い緑の匂いも薄まって、寂しげな香りが辺りに漂い始めた夏の終わり。俺たちは松里菜祭というお祭りに行くことにした。近所の神社でやるため、男どもは現地集合だ。女子どもは浴衣で行くため、階下では母による浴衣着付け教室が行われていた。受講生は妹と最上姉妹である。三十分もすると、微かに聞こえる談笑が途切れて階段を上る音がした。二つノックの後、ドアが開く。


「藤崎君。行こう。」


 立っていたのは最上さんだった。涼しげな水色の生地にツバメが描かれ、髪も結われていた。


「そうだな。行こう。」


 階段を降りようとすると、Tシャツの裾を引っ張られた。


「えっと、どうかな?」

「あ、浴衣?えっと、すごくいい。」

「……そうね。浴衣はね。」


 家を出ると、千穂と結衣ちゃんが待っていた。千穂は白地に長く鋭く伸びた草の絵。結衣ちゃんは紫の生地に白と桃色の花が描かれた浴衣を着ている。


「どうですか?私。」

「結衣ちゃん、よく似合ってるよ。」

「どう?私は。お兄ちゃん。」

「まあまあ。」

「ああ、この審美眼の無さよ。これぞ、うちの兄貴だわ。」


 歩いて十分も歩けば神社に着く。夕方に差し掛かってだいぶ肌寒くなってはきているが、神社に近づくにつれて暑くなってきた。一応扇子を持ってきてよかった。扇子に描かれている千鳥が羽ばたくように、顔を扇いだ。涼しい。最上さんたちはサンダルを履いていて、少し歩きにくそうであった。


「いやあ、さすがに年一のお祭りだけあって、熱気があるなあ。」

「ちょっと、お兄ちゃん。迷子にならないでよ。」

「お前もな。」


 神社の前には露店が立ち並ぶ。祭囃子を収録したCDがあちこちで流され、活気のある屋台と、すごい人ごみが俺たちを出迎えた。遠くに見える本殿付近は、冷ややかさのある神秘さを放っている。入口に設置してある鳥居に、既に時和と小林は到着していた。


「おう、藤崎。遅いぞ。」

「すまん。」

「あ、小林さん。どうですか?私。」

「ああ、すごくいいねえ。」

「えへへ。」


 結衣ちゃんはにこにこと笑っている。


「よし、んじゃあ、藤崎。まずは神様拝みに行くか。」

「そうしよう。」


 俺たちは本殿に向かって歩き始めた。

拝殿への道の途中、屋台からソースの暴力的な香りが漂う。まずは参拝と思っていたのだが、熱いソースの効力は絶大で、我々はものの十メートルで暴力に屈した。妹が目を潤ませて言う。


「ねえ、たこ焼き食べようよ。結衣ちゃんも食べたくない?」

「私はお好み焼き棒食べたいです。」


 堪え性のない奴らだ。二人とも最上さんを見習えよ。そう注意しようと思って最上さんの方へ振りむくと、彼女はあつあつの鉄板に乗せられてじゅうじゅうと焼かれ、その上に甘辛いソースが存分にかけられた焼きそばに魅入られていた。


「時和。一旦何か食べない?」

「……そうだな。」


 彼女たちは希望のものを手にして、とても満足げであった。甘辛さの上からマヨネーズをかけた粉物は鬼に金棒。彼女たちの口内を思うままに暴れた。

 服が乱れるのも厭わずに貪る彼女たちの横で、まだお腹の空いてない男たちは綿あめをかじった。


「お兄ちゃん。私のたこ焼きを交換留学生として、メンバーに加入させたいんだけど。」

「ああ、綿あめと交換ね。はい。」


 たこ焼きの罪深いところは、空腹でない者を空腹にさせるところである。一口その濃厚さと奥深さを味わった俺の食欲は完全に目覚めた。小林も結衣ちゃんと交換をしたようで、俺と同じく目覚めていた。

 時和も俺たちについて食事をとる。イカ焼きやフランクフルト、焼きとうもろこしを味わった。


 やっと満足したところで、再び参拝を目指す。誘惑されないように急いで人ごみをかきわけて、長い階段をのぼる。手を清め、お金を投げ入れて、拝殿で手を合わせた。恋愛成就が得意なようなので、そっち方面を願っておこう。


「どうか彼女ができますように。」


 心の中で呟くと、目をつぶった暗闇のなかで服の裾を引っ張られた。


「お兄ちゃん。私の百円と、お兄ちゃんの五百円を交換留……。」

「留学の契約の効力は切れました。」

「ケチ。」

「うるさい。」


 千穂も百円を投げ入れて、何かを願った。


「よし、じゃあ。あとは遊びますか。」

「藤崎。ちょっと。」

「何?」

「人数足りなくね?」


 周りを見回すと、小林と結衣ちゃんがいなくなっていた。

携帯電話で小林に連絡をとってみると、どうやら結衣ちゃんと一緒にいるようだ。ひとまず安心である。メールの内容から、二人で楽しんでいるようだ。


「妹のことだから、大丈夫だと思うわ。」


 最上さんもこう言っているのでしばらくは放っておこう。


「じゃあ、こっちはこっちで楽しむか。藤崎。」

「そうだな。」


 まあ、しばらくしたら途中で会うだろう。一本道だしな。長い階段を下りて、賑やかな喧噪のなかに紛れ込んだ。お腹は満たされているので、遊ぼう。

 道を進むと、いろいろな遊戯場所が目に入る。人が入っていない輪投げ屋や、景品が最新ゲーム機のために当たらないと確信の持てるくじ引き屋の前を通り過ぎ、一番目を引くお店の前に来た。


「あ、射的あるよ。射的。結衣ちゃんのお姉さん、一緒にやろー。」

「うん。いいよ。」

「おいおい、できるのかよー。」

「少なくとも、時和の兄ちゃんよりはね。」


 妹が意気揚々と最上さんの浴衣を引っ張り、店に入る。


「お前んとこの妹の教育、どうなっとるんだ。」

「すまん。」

「くそ。俺もやってやる!行くぞ藤崎。」

「えー?」


 二百円五発のその店は高いのか安いのか分からなかった。千穂は店のおじさんにお金を払ってコルクの弾を受け取ると、銃口にこれでもかと力を込めてねじ込んだ。最上さんもそれに倣って、ねじ込む。


「よし、じゃあ。私、あの熊の人形にしよー。」

「私は、あのビスケットの箱を。」


 両者とも、三段あるうちの二段目を狙うようだ。二人は軽い破裂音をさせて狙いを外した。


「あーもう。人形、でかいのに。」

「難しいね。」


 二人の射撃をを観察していた時和はコツを学んだのか、にんまり笑っている。


「おいおい、外れかよ。まあ、みとけ。」


 時和も外した。その後、残りの四発とも外した三人は肩を落とした。


「おい、藤崎。お前もやれ。そして、外せ。」

「まあ、まかせろ。」


 俺は二百円を支払い、時和からコルク銃を受け取った。この銃には照準があるから良心的だ。まあ、当たるだろう。コルクの弾は軽く押しこむのがコツだ。強く押しこんで勢いよく射出されると、コルクの弾は円錐になっているためにカーブがかかるのだ。店のおじさんの目が鋭くなった。

俺は右肩に銃床をしっかり当てて、一発目は二段目の段差の角を狙う。パンと音が鳴り、バネが弾をはじき飛ばした。七センチ程下だな。


「やーい、下手くそ。」


 時和、お前も外したじゃないか。勝負は二発目からだ。同じように詰めて、ビスケットの箱を狙う。トリガーを引く。手応えがあった。勢いよく射出された弾は思うようにそれて、箱をはじき落とした。


「おー!」


 三人の拍手が鳴る。続いて、時和が狙ったガムも落とす。千穂のぬいぐるみは大きすぎて落とせそうになかったので、適当な、よくわからない人形を落とした。


「すげえ。」


 時和と千穂は目を丸くし、最上さんは思いつめた目をした。その後も楽しく屋台を遊んでいるうちに、時和と千穂がいなくなった。


「二人っきりになっちゃったね。」


 最上さんが少し上目づかいをして言った。少し寂しげに潤むその瞳が、とても愛おしい。


「そうだね。二人で回ろうか?」

「うん。でも、ちょっと休みたいな。」


 彼女の提案を受けて、参道から少し離れた木々の間で休むことにしよう。途中でかき氷を買って、静かなところから、うるさいところを眺めるとしよう。彼女はメロン味、俺はイチゴ味を購入し、はぐれないように手を引っ張って行った。

 氷をつつく、シャリシャリとした音が木々に響く。ときどき扇子で自分を扇ぎながら何か話題は無いかと考えていると、舌を緑色に染めた最上さんが、口を開いた。


「藤崎君、ありがとう。」

「何が?」

「楽しかった。夏。こんなに楽しい夏は初めてだったよ。」

「そう?それは良かった。」

「海とかさ、お祭りとかさ。DVDは残念だったけど。」

「ごめん。」

「ふふ。」


 彼女が扇子で扇いでとジェスチャーするので、俺は全力でそれに応えた。


「いろいろと、誘ってくれて嬉しかった。」

「いやあ。最上さん。一回生、二回生と、何か塞ぎ込んでたからさ。」


 最上さんは食べる手を止めて、俺を見据えた。


「うん。実はさ。藤崎君、高校三年生の時のこと覚えてる?」

「どんなこと?」

「卒業も間近の秋の終わり。君も知ってると思うけど、事件があったでしょ。」

「ああ。あったな。」

「同級生の女子を拉致して、学校の屋上で暴れたって事件。」

「知ってるよ。未成年だから、誰の名前も出なかったけど。」

「その被害者の女子って、私なんだ。」


 知ってるよ。よく知っている。俺も当事者だからな。彼女はかき氷が溶けていくのを気にせずに、淡々と続けた。


「その屋上で、ヘッドホンをつけて、目隠しをされてさ。もう自分は駄目なんだって思ったくらいだった。」

「大変だったね。」

「結局、主犯は逮捕されて、取り巻きはお咎めなしでさ。」

「そうだったね。」

「その主犯から、私を守ってくれた人がいたんだけど。ヘッドホンつけてるのに、私のことを想った大きな声が聞こえてね。嬉しかったなあ。あれは誰だったんだろう。」

「……さあ。知らないな。」


 彼女は、遠い過去を思い出すように上弦の月を眺めた。よほどのトラウマだったのだろう。そこに、さらに刺された者がいると言ったら、彼女はどれだけ悲しむだろうか。……言わないでおこう。その時が来るまで。俺は固く口を閉ざした。

 ふと、参道の方の音が変わった。賑やかな人々を押しのけるような乱暴さを持って、堂々と道の真ん中を通るものがいた。


 いつかの、取り巻きたちであった。


青白く、くすんだ頬を持つ不健康な連中が、雁首揃えて闊歩している。本当は美味いと思っていないのだろう。いかにも恰好つけて吸ってます。といった風に煙草を吸い、肩をいからせて群れていた。肩をぶつけられた若い人は面倒くさそうに。親は子供に見ないように注意をし、老人は遠くから憐みの目を向けている。


 頂点を失った、行き場の無い若さの腐った残骸が、彼らの中に吹きだまっているようだった。神など恐れないというように参道の真ん中を歩きながらも人の視線が怖いのか、あらゆるものに乱暴な視線を向けている。

 幸いにも最上さんは彼らに気がついていなかった。空に浮かぶ綺麗な月を通して、楽しく培った過去に思いを馳せているようだ。何かを思い出してはにこにこして、溶け始めたかき氷を口に運んでいる。


 彼女を守らなければ。またもそう思った。幸いにも俺たちは暗い木の陰に身を隠し、夜の闇に紛れている。このまま息をひそめて家へ帰ろう。そう思って最上さんに帰宅を促そうと手をとった。

 彼女は途端にかき氷を落として、あっと、頓狂な声をあげた。


「もう。藤崎君。落としてしまったじゃないか。」


 青白い連中が、その声を聞き逃すはずが無かった。取り巻き時代に培った連携をもって一斉にこちらを振り向き、俺と目が合った。彼らもあっと声をあげて、こちらに近づいてきた。戦うか?いや、待て。こちらには最上さんがいる。逃げに徹しなければ。

 最上さんの手を引っ張り、俺は彼女に叫んだ。


「走れ!」


 何が何だか分かっていない彼女は、きょとんとした表情を浮かべつつも俺の言葉に従っていたが、サンダルなので走りにくそうだ。不満げな表情を浮かべて


「どうしたんだ。ねえ、藤崎君!」


と、しきりに聞いてきたが後方から聞こえる、うめくような怒号に気がついて夢中でついてきた。


 木々の間を抜け、屋台の間を走り、人々の間をすり抜ける。途中で転びそうになりながらも、必死で逃げた。大分涼しくなったとはいえ、全力で走ると汗がとめどなく流れる。祭りの入口の鳥居横まで走ると、奴らの姿は見えなくなった。彼らの不健康さに助けられたのだ。鳥居の付近には、はぐれた四人が待機していた。


「どうした。そんなに必死で。」


 呑気に時和が聞く。俺はせき込んでいたので答えられなかったので、最上さんがハンカチで汗を拭きつつ、息を整えながら答えた。


「なんか、知らないチンピラに追いかけられたんだ。」

「はあ?」

「え?お姉ちゃん、大丈夫?」


 結衣ちゃんが、姉の首筋の汗を自分のハンカチで拭いてあげながら聞いた。


「うん。大丈夫よ。」

「ねえ、時和、藤崎。急いで家に帰ろ?」


 小林が、少し震える手で眼鏡をかけなおして提案する。


「じゃあ、小林兄ちゃんも、結衣ちゃんも、結衣ちゃんのお姉ちゃんも、時和も。とりあえずうちに避難して。女子は荷物うちに置いてるし。」

「なあ、千穂ちゃん。だから呼び捨ては。」

「うるさい。」


 十分の道を五分で帰り、藤崎家に到着した。女子たちを先に入らせて、俺も入ろうとしたところで時和が聞いた。


「なあ、何があったんだよ。」

「高校の、あの時の残党に追いかけられた。」

「え?まじか。」

「ああ。しばらく、注意した方がいい。」

「そうだな。」

「お前こそ、千穂と何があったんだよ。」

「目の前で煙草吸ったら、見下された。」


家に入って両親に事の経緯を説明すると、すぐさま警察に連絡し、近くの交番から警官が駆けつけてくれた。最上さんを不用意に怖がらせたくなかったので、簡潔にチンピラが追いかけてきたと伝え、しばらく家の付近を巡回してくれることを約束した。


「なんでしたら、みなさん。今日はもう遅いのでパトカーで送っていきますけど。おうちの方はいらっしゃいますか?」


 最上姉妹は、互いに目を合わせ、


「今日は、両親ともいません。」


そう言った。すぐさま、うちの父が助け船を出してくれた。


「じゃあ、今日は泊まっていきなさい。」

「いいんですか?」

「もちろん。」


 警察はその答えを聞いて、帰っていった。時和も小林も今日は泊まっていくようだ。一息ついたところで、大きな破裂音が消えた。


「花火よ。うちの二階から見えるかもしれないから行ってみたら?その間に、最上さんのご両親に連絡しておくわ。」


 母のその言葉を聞いて、六人は俺の部屋に集まった。ベランダに出ると、見つかるかも知れないので部屋の電気を消し、窓越しに花火を堪能した。時和が声をあげる。


「おい、すげーぜ。見える見える!」

「本当だ。すごい!描けるもの持ってくればよかった。」

「ほんと。すごいね。小林さん!」

「綺麗……。藤崎君。去年も誘ってくれればよかったのに。」

「ごめん。」


 綺麗な花火に、最上さんの恐怖も薄れたようだ。ドンドンと、花火から離れた距離にいるのに体に音が沁みる。カラフルな花火たちに心を躍らせ、小さく歓声を上げながら、心行くまで終わりかけた夏を楽しんだ。


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