浪漫
日ごとに暑さが和らぎ、特に夕方なんてのは昼間とのギャップで寒さを感じるほどだ。リビングのクーラーは止まり、扇風機で十分しのげる暑さの中で父がビールを飲んでいた。
「あれ?ただいま。今日は早かったんだ。」
「ああ。おかえり。何年ぶりかな。定時で帰れたのは。」
「もうすぐ就職活動が始まる俺に、浪漫のないこと言わないでよ。」
「就職活動に浪漫を求めるほうが間違ってる。」
父の対面に座ると、黙ってビールを勧めてきた。俺もグラスを持ってそれに応じる。いつも愛飲しているジンジャーエールよりもさらに辛い黄土色が注がれる。しゅうしゅうと音を泡を立てるそれを、じっと見つめた。
「乾杯!」
きれいなグラスの音を響かせたのちに、ぐっと飲み干す。味は到底好きになれそうにないのだが、喉に加わる強い刺激がたまらずに何度も飲んでしまう。
「あ、父さん。そういえば母さんは?」
「千穂とレイトショー観に行った。まあ、今日中には帰るだろ。」
「へえ。なんの映画?」
「知らん。流行りの恋愛映画らしい。」
「ふーん。興味ないな。」
枝豆を咥えて、中身を飛び出させた。
「だから、晩飯は何か頼むか。」
「ピザがいい。」
「じゃあ、頼んで。」
俺は今朝届いていた新聞の折り込みチラシから適当に頼んで、冷蔵庫からさらにビールを取り出した。父の渇き始めたグラスになみなみと注ぎ、ピザを待った。
「お前、好きな子はできたのか。」
「その話題を振られて、うんと言った人を俺は知らない。」
それから話題はスポーツや大学の話題に飛び、酔いが回ったところにピザが来た。出迎えて、父が支払いを済ませると、箱の隙間から洩れる香ばしい香りに食欲が湧き立った。
箱を開けると、そこには男の浪漫が詰まっていた。狂おしい量のチェダーチーズと、バランスの良いトマトソースと、滴り落ちる程の油が詰まったベーコン。大きく噛むと、ピザを食べているのか油を飲んでいるのか分からない。思わずため息が出るほどの不健康なピザは、俺たちの酒をあおる量を増えさせる。とにかく楽しかった。
いつの間に眠ったのだろう。目が覚めると目の前に鬼の形相を浮かべた母と、小馬鹿にして笑う妹と、お腹を出して寝ている父と、割れた電灯が目に入った。
「せっかく、恋愛映画を観て、いい気分で帰ってきたのに。」
直後に母の金切り声が耳を貫き、顔が真っ青になる。
浪漫というのは、かくも儚いものなのかと正座をしながら考え続けた。
お腹が減りました。




