最上さんと女子力とかき氷
大学での興味のない授業は全然時計が進まないのに、美人と一緒にいるときは一瞬で時間が過ぎ去る。この論を証明する出来事が目の前で起きている。
「あーん。」
「最上さん。子供じゃないし、ポップコーンくらい自分で食べられるよ。」
俺の目の前に指でつまんだポップコーンを突き出したまま、彼女は突然何か思いつめた表情をした。もうさすがに分かる。ああ、これは何かあったな。
「どうしたの?何かあった?」
「昨日、妹に女子力が足りないと言われたんだ。」
「どんな状況で?」
「夏の前からダイエットをしているんだが、昨日もやってて。柔軟体操を入
念にしたのちに五キロ走って、家でダンベルを持ってたら言われたんだよ。」
「そっか。まあ、確かに、筋肉をつけるというのは女子力に入ってないだろうしね。」
「そうだなあ。」
不意に最上さんの二の腕を触ってみることにする。半袖の白いワンピースに隠れていない肉をぐっとつまんでみると、俺の耳たぶよりもつまめるところが少なかった。
「ちょっと。」
「大丈夫だよ。十分やせてるし。それに、好きだよ?」
「え?」
「太っている女の子。俺は。」
「あ、ああ。そうなんだ。」
最上さんは、ほっと胸を撫で下ろした。うまくはぐらかせたな。よし、今のうちに話題を変えよう。
「そういえば、『血みどろ男爵』シリーズと、『ゾンビクライシス』シリーズ、コラボするんだってさ。」
「あ、結衣から聞いたな。それ。」
「でさ、こないだ時和の家で全シリーズ見直してさ。」
「そうか。観ちゃったのか。」
「う、うん。」
「全部?」
「全部。」
最上さんは再び思いつめた表情を浮かべたまま、カバンからDVDをとりだした。タイトルに見覚えがある。先日、時和の家で観たものばかりだ。
「藤崎君と観ようと思って。買ってきたんだ。」
ああ。なんということだ。やってしまった。借りたのではなく、買ってきたのか。軽快に進んでいた時計の針がぴたりと止まったかの様な沈黙が俺たちの間に流れた。
「だから、私は女子力が足りないって言われるんだな。」
机に積んだDVD達を前にして、最上さんはがっくりと頭を垂れた。
落ち込んでいる最上さんを前にした俺は、いてもたってもいられなくなった。部屋の中に籠っているよりは、未だ灼熱の光線を浴びせる太陽の下に出たほうがいいだろうと判断した俺は、外に連れ出すことにした。
「最上さん、かき氷食べに行かない?」
「かき氷?」
「そう。ほとんど氷だから、太らないよ。たぶん。」
「いく。」
外に出ると、終わりかけの夏が最後の抵抗を見せていた。外に出ている者すべての肌を焼こうと、じりじりと身を焦がす。麦わら帽子を被った最上さんの手を引いて、喫茶店へと向かった。中に入るとカランという小気味いい音が響き、お年寄りの視線が集まった。以前、時和と座った席に座る。コーヒーは高いけれども、夏限定のかき氷は比較的リーズナブルな値段設定だった。
「すぐにお持ちします。」
そう簡潔にマスターが言って、早速作り始めた。
「藤崎君も、こんなにお洒落な喫茶店に来るのね。」
「ああ。コーヒーが本格的なんだけど、俺みたいな貧乏舌には合わなくて。」
「そうなんだ。」
「でも、サイドメニューは美味しいらしい。」
「楽しみね。」
最上さんは片手で頬をつき、ほほ笑んだ。だいぶ心の様子も落ち着いたのだろうか。かき氷が来るまでの間、俺たちは海の思い出や大学のことなどを話した。
「お待たせいたしました。かき氷です。」
目の前に置かれたかき氷はイチゴのシロップがまんべんなくかかっており、かき氷の頂にはいくつものイチゴが突き刺さっている。その上から丸ごとつぶされた果肉と練乳がこれでもかと降り積もっていた。
「藤崎君、これは太るよ。」
「そ、そんなことないよ。」
「だからね。ほら。」
彼女は自分のイチゴをつまんで俺に差し出した。ポップコーンの前科があるから断れない。俺は彼女の親指と人差し指ごとくわえた。甘酸っぱい果実の味が口に広がる。
「美味しい?」
「ああ。」
なんだか恥ずかしくなって、自分のかき氷をかきこんだ。最後の一口までシロップがかかっているように計算されているようで満足した。最上さんも気に入ったようだ。結構な量だったが、お互いに容器を空にした。
最上さんの申し出を断って、二人分の代金を支払った俺は彼女の手をとって外に出た。相変わらず暑い。
「送って行くよ。家まで。」
「いいわ。ここで。今日はありがとう。」
「どういたしまして。」
「あ、そうだ。」
彼女は手を握り返し、俺の耳元で囁いた。
「秋の映画は一緒に観に行こうね。二人で。」
ワンピースをひるがえし、ほほ笑んで去っていく彼女の後姿は誰よりも女子力が高かった。




