パンドラの箱と勇者
起きたのは午後のことだった。昨日、一昨日の旅行は楽しいものであったが、その分、身体に疲労が蓄積していた。
「あー。流石に、日焼け跡が染みるなあ。日焼け止め塗り込めば良かった。」
ひりひりと痛む肌を労わりながらリビングへ下りると、机の上には箱が置いてあった。
「なんだろ、これ。クッキーの箱かな?」
丁度いい。夕飯まで時間があるし、これで空腹を紛らわそう。そう思って箱に手を伸ばすと、どこからか声が聞こえた。
「その箱に触れてはならん。」
「だ、誰だ?」
聞き覚えのある知らない声がどこかからか聞こえた。低く、しわがれた声質の持ち主と対峙するも、不思議と恐怖を覚えなかった。
「私が誰かはよろしい。とにかく、その箱に触れてはならん。」
「どうして?」
「その箱には、多くの不幸が入っておる。だから、えーと、その、携帯型ポータブル殺戮兵器。を封印して持ち運びやすくしたその箱に触れてはならんのじゃ。」
なんということだろう。我が家にそんな危険なものを封印した箱が、無造作に机の上に置かれているなんて。ああ、これから俺はどうなるのか。しかし、この箱自体には名前はないのだろうか。このような不幸が封印されている箱の名前って、何て言ったっけ?
「ああ、パンドラの箱的な?」
「そう、それじゃ。そう言った類のもの。いや、むしろ、それこそがパンドラの箱なのじゃ。」
「なんだって!」
そんな、本にしか出てこないような伝説の存在が、今、我が手に!そう思うと、俺は好奇心を抑えられなくなった。即座に頭の中で、世の中のあらゆる厄災と自分の好奇心を天秤にかけ、一秒も立たないうちに天秤は好奇心へと傾いた。
「おばば、俺、俺、開けてみるよ!」
「なんと、お馬鹿なのか。あと、誰がばばあじゃ。」
テーブルの下から母が這い出そうとするのと同時に、俺はその箱を開けた。
「ほ、本当に開けちゃ駄目なんだって!」
蓋を開けると、中からはもくもくと黒い煙が吹き出し、這い出すものもいた。目を凝らして黒煙を観察すると、それはおびただしい数のアリと……。
「うわあ!」
「だから、言ったでしょう!お母さんの言うこと聞かないから!」
母は床へと広がる黒い煙に驚いたおかげで、机のへりで頭をしたたかに打った。頭を押さえつつも、ソファーの上に避難した。
「勇者、これを!」
おばばが投げて渡したのは伝説の、噴射式薬物であった。俺はプラスチックの栓を抜き、攻撃の型をとる。高く雄たけびを上げてトリガーに手をかけると、白い煙が吹き出して黒煙を追い払った。
「これでこの家も救われました。どうもありがとう。」
そう言って母は、箱の中に入っていた固形の虫よけ薬をゴミ箱に捨てた。そして、箱の中に一つだけ入っていた未開封のクッキーの袋を取り出し、俺に差しだした。
「いる?」
「いらない。」




