はじめてのおかいもの
家の中を一通り見終わったが、広い家には家具も生活用品も何一つなかった。
静まり返った部屋に、二人の足音だけが響いた。
「これは……買い出しが、必要ですわね」
「そうですね。ですが……」
リオナは、懐から自分の財布を取り出した。
「わたしは、これしか持ち合わせておりません……」
中には数枚の銀貨が入っていた。生活を整えるには、心もとない額だった。
「あら。わたくしも、そんなには持ち合わせておりませんわ。これで足りるといいのですけれど」
アリアーゼが、そう言いながら、自分の財布を取り出す。
開いた瞬間、じゃらり、と金貨が溢れ出した。
「……十分じゃないっすかね」
リオナは、それだけを言って、しばらく、黙っていた。
◇
二人は村から一番近い街へと、買い出しにやってきた。
比較的大きな街で、必需品は何でも揃いそうだ。
「まずは、お鍋ですわ!」
アリアーゼが真っ先に手に取ったのは、大人がすっぽり入りそうな寸胴鍋だった。
「これなら、たっぷり作れますわ!」
「騎士団の野営じゃないんですよ!」
リオナが呆れた声でたしなめると、アリアーゼは寸胴鍋とリオナの顔を見比べた。
「そうですわ。二人分でしたわね」
「お分かりいただけました?」
リオナは小さくため息をついた。
◇
次は、雑貨屋だ。食器や小物を買い揃えなくてはならない。
アリアーゼは、店に入るなり、目を輝かせた。あれもいい、これもいい、と、はしゃぎながら見て回る。
「リオナ! これなんてどうかしら?」
「わあ! 可愛いですね!」
傍から見ると、それはまるでデートのようで、いや、デートだった。
「リオナ。これを玄関に置くのはどうかしら?」
アリアーゼの目に留まったのは、禍々しい顔をした木彫りの置物だった。
「幸せを呼ぶそうですわ」
「絶対、いりません!」
リオナはやっぱり、小さくため息をついた。
◇
カーテンを見ていたとき、店員が、そっと寄ってきた。
店員は、アリアーゼの身なりを見るなり、愛想のいい笑みを浮かべた。
「こちらの品は大変お勧めです。ただ、少々、お値が張りまして……」
告げられた金額は、明らかに、相場より高かった。
「まあ、それくらいでしたら」
財布を開こうとするアリアーゼを、リオナが、慌てて止める。
「ちょっと、待ってください!」
リオナは、店員と、しばらく、値段のやり取りをした。相場を並べ、値引きを求め、粘り強く交渉する。
やがて、店員が、根負けしたように、価格を下げた。
「リオナは、頼りになりますわね」
アリアーゼが、感心したように、目を輝かせる。
「これくらい、普通ですよ」
リオナのため息が大きくなった。
◇
二人が雑貨屋を出る頃には、荷物が山のように積み重なっていた。
鍋に食器、調理道具に掃除道具。布団や毛布まで抱え込み、二人とも両手がふさがっている。
「リオナ。そろそろ持ちきれませんわ」
アリアーゼが、少し困ったように首をかしげた。
「そうですね」
山のような荷物を見回し、リオナは小さく頷いた。
「それでは、荷馬車を手配いたしましょう」
「まあ!」
アリアーゼの表情が、ぱっと明るくなる。
「その発想はありませんでしたわ!」
「……わたしは、ある程度は予想しておりましたよ?」
リオナは、大きくため息をついた。
◇
最後に立ち寄ったのは、家具屋だった。
「それで、ベッドは、いかがなさいますか」
店員に問われ、リオナが答える。
「シングルサイズを二つ、お願いし……」
「いいえ。キングサイズ一つで」
アリアーゼが、間髪入れずに被せた。
「……え?」
リオナは思わず振り返る。
「アリアーゼ様、私たちは、それぞれのお部屋で、別々に寝るんですよね?」
「いいえ。一緒に寝ますわ。寝室が一つありましたでしょう?」
アリアーゼの言葉に、リオナは部屋が一つ余っていたのを思い出した。
「そ、それ、本気でおっしゃってますか?」
「もちろんですわ」
あまりにも迷いのない返事だった。
「だ、だって、それぞれの部屋があるのに……」
「いいえ。寝るのは一緒の部屋で、ベッドは一つです!」
アリアーゼは、きっぱりと言い切った。
「夫婦生活とは、一つのベッドで一緒に眠るものですわ」
「わ、私たちは夫婦じゃありません!」
「ですから、練習ですわ!」
「理屈がおかしいです!」
「とにかく! ベッドはキングサイズ一つでお願いしますわ!」
結局、押し切られた。
リオナはその日一番のため息をついた。
実は、アリアーゼが一つのベッドにこだわったのは、いつでもリオナを守れるよう、眠る時は一緒がいいと考えていたからだった。
その理由を知るのは、もう少し先の話である。
――とにかく、こうして二人の新婚生活……じゃなかった、花嫁修業は始まったのである。
ただし。
リオナは、まだ知らなかった。
これから始まる花嫁修業が、自分の想像していたものとは、まったく違うものになることを。
そして――
苦労すればするほど。
呆れれば呆れるほど。
なぜか自分が、この人から離れられなくなっていくことを。
二人は出会って拠点を設け、一緒に暮らすことになりました。
次回からは、いよいよ本格的な花嫁修業がスタートします!
※ぜひ次回もお楽しみください!




