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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第二章 花嫁修業1 伝説の卵

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最高の卵焼き

 新しい家での暮らしが、少しずつ形になってきた。


 台所には鍋と食器が並び、居間には机と椅子が置かれている。窓には、リオナが選んだ淡い色のカーテンが揺れていた。


 寝室には、アリアーゼが押し切って買った、大きなベッドが一つ。

 そのことは、リオナは、もう考えないことにしていた。


 普段の食事は、とりあえず交代で作ることにした。

 ただ、アリアーゼの料理は、切って乗せるだけだった。 

 騎士団での暮らしが長かったのだと、頬を赤らめながらアリアーゼは言った。


 その日はリオナの作った朝食だった。


「さて、リオナ」


 朝食の後、アリアーゼが、ぴんと背筋を伸ばした。


「生活も整いましたし、いよいよ、本格的な花嫁修業を始めようと思いますわ」


「そうですね」


 リオナは、頷いた。

 いよいよ、この人に、まともな家事を教える日が来たのだ。何から手をつけたものか、と、頭の中で算段を始める。


「どうします? 何から始めましょうか」


 まずは、包丁の握り方からだろうか。それとも、火加減の見方から。あるいは、洗い物の順序を覚えてもらう方が、先かもしれない。


「やっぱり、卵焼きですわ!」


 アリアーゼは即答した。


「……あ、はい」


 リオナは、頷くしかなかった。

 薄々、そう言われる気はしていた。


「まずは、練習ですね。卵をいくつか用意して、何度か焼いてみましょう。火加減さえ覚えれば――」


 リオナは、説明しながら、アリアーゼの方を向いた。


 ――そして、脱力した。


 アリアーゼは宙を見つめながら、うっとりとした表情を浮かべていた。


    ◇  


 木漏れ日の差し込む、小さな家。

 湯気の立つ食卓に、まだ見ぬ旦那様が、目を細めていた。


『アリアーゼ』


 まだ見ぬ旦那様が優しく声をかけてくる。


『はい、あなた』


『最高の卵焼きが食べたいな』


『お任せくださいな。最高の卵焼きを……』


「――はっ!」


 アリアーゼは、勢いよく立ち上がった。

 突然のことに、リオナの肩がビクッと震えた。


「そうですわ!」


「え?」


「最高の卵焼きには、最高の卵ですわ!」


 リオナは、しばらく、言葉が出なかった。


「リオナ! 最高の卵を、手に入れなくては!」


「えっと、順番、ちがくないですか? まずは普通の卵で、普通に焼く練習をした方がいいと思うのですが。それから材料にこだわっても遅くは――」


 至極当然なことを説明したつもりだった。

 だが、アリアーゼは、もう聞いていなかった。


「最高の卵を手に入れなければ……どうしましょう、どうしましょう」


 両手を頬に当てて、部屋の中を、うろうろと歩き回っている。


 リオナは、ため息をついた。

 当てなど、あるはずもない。この人は、思いついたはいいものの、その先を、何も考えていないのだ。


 ――だったら。


 リオナの中に、一つの考えが浮かんだ。


「アリアーゼ様。最高の卵について、村長のギルドワさんにでも、聞いてみます?」


 我ながら、名案だと思った。

 ギルドワさんは、常識のある人だ。「最高の卵など、そう都合よくあるものではない」と、やんわり諭してくれるに違いない。そうすれば、アリアーゼも、諦めがつくだろう。


「まあ! リオナ、あなたは本当に賢いですわね!」


 アリアーゼは、リオナの手を取って、ぶんぶんと振った。


    ◇  


「最高の卵だって?」


 ギルドワさんは、白い眉を寄せて、腕を組んだ。


 そうそう、それでいいのだ。

 困った顔をして、そんなものはない、と言ってくれればいい。それで、この話は終わりだ。

 リオナは、心の中で、そっと頷いた。


 しかし。


「どこでその話を聞いたんだ? 最高の卵といえば、フェニックスの卵の事だろ?」


 ギルドワさんは、窓の向こうに見える山を指さした。


「ここからすこし離れた、シオイナ山って所に、フェニックスがおるよ」


 リオナの動きが、止まった。


(何を余計なことを言ってるんですかああああああ!?)


 リオナはもうちょっとで、叫んでしまう所だった。


「まあ! フェニックスの卵!?」


 アリアーゼの声が、はね上がる。


「昔はな、フェニックスが飛ぶ姿をよく見かけたもんだ。あの山は、そのおかげか、ずいぶん豊かでな。木の実も獣も、恵みが尽きることがなかった」


 ギルドワさんは、遠くを見るような目をして、続けた。


「山の入り口に、お供えをしておくとな。時々、卵を分けてくださるんだ。あれで作った料理は、そりゃあ、生命力が溢れるような、絶品でなあ」


「まあ、まあ、まあ!」


 アリアーゼの目が、これ以上ないほど、輝きを増していく。

 反対に、リオナの目は、どんよりと曇っていった。


「それこそ、最高の卵ですわ!」


 リオナは、天を仰いだ。

 もう、止められない。


「……ただ、なあ」


 ギルドワさんの表情が、ふと、曇った。


「ここのところ、さっぱり、フェニックスの姿を見かけんのだ」


「あら」


「それに、山が、な。だんだん、枯れてきておる」


 ギルドワさんは、窓の向こうに見えるシオイナ山へ、もう一度目を向けた。


「木が枯れて、獣が減って。今年に入ってから、めっきり、な。あの山に何かあったんじゃないかと、村の者は、皆、心配しておるんだ」


 その言葉に、リオナは、思わず、眉をひそめた。


 フェニックスの姿が見えなくなり、山が枯れていく。

 偶然とは、思えなかった。


「――決めましたわ!」


 アリアーゼが、ぐっと拳を握った。


「シオイナ山へ、参りましょう!」


「アリアーゼ様。それは、その」


 リオナは、慌てて、言葉を探した。


「何か、良くないことが起きているのかもしれません。危険かも――」


「ええ。ですから、行くのですわ」


「え?」


 アリアーゼは、こともなげに、言った。


「山が困っているのなら、放ってはおけませんもの」


「…………」


 リオナは、言葉を失った。


 この人は。

 卵のことで、頭がいっぱいなくせに。困っている者がいると聞けば、その足で、迷わず、そちらへ向かってしまう。


 ――ずるい。


 リオナは、そっと、自分の胸を押さえた。

 こんな人を、どうして、放っておけるだろう。


「……分かりました。ご一緒します」


「まあ! 心強いですわ!」


 アリアーゼは、ぱっと、花のように笑った。


 こうして、二人は、シオイナ山へと向かうことになった。

 まだ見ぬ「最高の卵」を求めて。


 ――その山で、何が待っているのかも、知らないままに。

本格的な花嫁修業が始まったと思ったら、今度はフェニックス探し!?

次回、シオイナ山で二人を待ち受けるものとは――。


※ぜひ第11話もお楽しみください!

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