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婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第二章 花嫁修業1 伝説の卵

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初めての共同作業

 シオイナ山は、ひどい有様だった。


 土は、腐ったように、どす黒く沈んでいた。木々は、葉を落とすどころか、幹そのものが、黒く枯れ果てている。鳥の声も、虫の音も、何も聞こえない。あるはずの生命の気配が、根こそぎ、消え去っているようだった。


「これは……」


 リオナは、思わず、足を止めた。


 ギルドワさんの言葉は、決して、大げさではなかった。むしろ、聞いていた以上に、深刻な光景だった。


 ふと、アリアーゼが足を止めた。


「リオナ、あれをご覧になって」


 指さす先には、一本の巨木があった。幹には、巨大な爪痕が何本も刻まれていた。まるで、苦しみに耐えきれず、暴れまわったかのように。


「これは……」


 リオナが近づく。


 その根元には、人の腕ほどもある、真紅の羽根が一枚、落ちていた。光を受けて、羽根は宝石のように輝いている。


「大きいですわ……」


 アリアーゼは、そっと羽根に触れた。


 その瞬間。

 羽根は音もなく灰となって、風に散った。


「魔力が……抜けています」


 リオナは眉を寄せてつぶやいた。


    ◇ 


 フェニックスの痕跡を追うように、二人は、さらに山を登っていった。


 標高が上がるにつれ、枯れ木は姿を消し、代わりに、岩肌が目立つようになる。風は強く、吹き抜けるたびに、小石が転がる音だけが、静かな山に響いた。


「もうすぐだと思います」


 リオナは、そっと目を閉じた。微かではあるが、魔力の流れを感じる。


 それは、聖なる力とも、禍々しい力とも違う。二つが、無理やり混ざり合っているような、ひどく歪な気配だった。


「この先から、感じます」


 リオナは小さくつぶやいた。

 アリアーゼは、頷き、剣の柄に手を添えた。


 その時だった。


「グオォオオオ――――ッ!!」


 山全体を揺るがすような咆哮が、大気を震わせた。鼓膜を打つ轟音に、足元の小石が、ぱらぱらと転がり落ちていく。


「……っ!」


 リオナは、思わず息をのんだ。


 聞こえてきたのは、獣の雄叫びではない。苦しみを吐き出すような、悲痛な叫びだった。


「急ぎましょう! 足元に気をつけなさいな」


 アリアーゼが駆け出す。


「はい!」


 二人は岩場を駆け上がり、最後の斜面を登り切った。


 その瞬間、視界が、一気に開けた。


 山頂には、巨大な窪地が広がっていた。かつて火口だったのかもしれない。

 窪地の中央には、巨木を土台にした巨大な巣があった。


 そして。


 その巣の中央で、一羽の巨大な鳥が、翼を広げていた。

 全身を覆うはずの、美しい真紅の羽毛は、黒い炎に侵されている。翼を広げるたびに、黒い火の粉が舞い上がり、周囲の空気までも、ゆらりと歪ませた。


 フェニックス。


 村を見守ってきたという、伝説の聖獣だった。だが、その瞳には、穏やかな知性の光はなかった。


 リオナは、フェニックスから目を離さず、小さく息をのんだ。


「そんな……」


 その身を包む黒い炎は、炎ではなかった。禍々しい闇の魔力が、聖なる力へ絡みつき、少しずつ侵食しているように見えた。


「アリアーゼ様」


 リオナの声は、これまでになく真剣だった。


「あのフェニックスは、闇の気配に囚われています。放っておけば……やがて、聖獣ではなく、魔の存在へと変わってしまいます」


「助かりますの?」


 アリアーゼがフェニックスを見つめたまま、聞いてくる。


「……まだ、間に合います」


 リオナはゆっくりと、答える。


「まだ、聖なる力が残っています。完全に侵食されたわけではありません」


 胸の前で、そっと手を握る。


「聖女の力なら……私なら、浄化できるかもしれません」


 でも、と、リオナは、続けた。


「フェニックスが、大人しく浄化されてくれるかどうか」


 そこまで言って、リオナは口を閉じた。胸の前で組んだ両手が、小さく震えている。


「――試してみるしかないですわ。まずは話をしてみましょう」


 そう言って、アリアーゼが、一歩、前に出た。


「フェニックスよ!」


 その声には、いつもの、ふわふわとした調子ではなく、静かな、深い響きがあった。

 アリアーゼは、窪地の中央にいるフェニックスを、まっすぐ見据えた。


「聖獣と称えられるあなたが、このありさま。いったい、何があったのか」


 黒い炎が、揺れた。

 巨大な瞳が、ぎょろりと、二人を睨んだ。


「ウヌらは……何者だ」


 地の底から響くような、低い声だった。


「我は今、闇の力を蓄えておる。力が満ちた時、我は闇の僕となり、この地を支配する。邪魔をするな」


 次の瞬間、フェニックスが、大きく羽ばたいた。黒い炎の熱気が、周囲一帯に、まき散らされる。


「くっ!」


 アリアーゼは一歩下がった。


「交渉は、無理ですわね。それに――これじゃ、熱くて、近づけませんわ」


「アリアーゼ様! あの黒き炎には、わたしの氷の魔術が有効かもしれません!」


 リオナが、両手を、前に構えた。


「お任せください」


 次の瞬間、フェニックスが、大きく羽ばたいた。

 黒い炎が渦を巻き、燃え盛る羽根が、無数の矢となって二人へ襲いかかる。


「リオナ!」


「はい!」


 リオナは両手を前へ突き出した。


「大気の水よ、集え! 氷の壁となりて、盾となれ!」


 澄んだ音とともに、透明な氷の壁が生み出された。黒い羽根は、激しく氷へ突き刺さった。


 ガガガガガッ!


 鋭い音が、山頂へ響き渡る。炎と氷がぶつかり合い、白い蒸気が辺りを覆った。


「防げます!」


 リオナは叫んだ。


「炎の熱も、氷の加護なら抑えられます!」


「でしたら」


 アリアーゼが、剣を構える。


「わたくしが、フェニックスを押さえますわ」


 リオナは、大きく頷いた。


「では、わたしが浄化します!」


「参りますわ!」


「はい!」


 アリアーゼが飛び出した瞬間、リオナは両腕を前に突き出した。


「大気の水よ、集え! 氷の衣となりて、その身を護れ!」


 淡い青い光がアリアーゼを包み込む。薄く透き通った氷の加護が、その身を覆った。


 黒い炎が吹き荒れる。だが、炎は氷の衣に弾かれ、アリアーゼへ届かない。


 アリアーゼは、一気に距離を詰めた。

 しかし、フェニックスは、大きく翼を広げ、高く空へ舞い上がる。


「リオナ!」


 アリアーゼが振り返る。


「足場は作れますの?」


「おまかせください!」


 リオナは、すぐに詠唱した。


「大気の風よ、集え! 岩を浮かべて、足場となれ!」


 突風が岩を巻き上げる。

 大小さまざまな岩石が、フェニックスの周囲へ次々と浮かび上がった。


「上出来ですわ!」


 アリアーゼは笑顔を浮かべた。


 次々と岩を蹴り、空を駆け上がる。

 その身体はフェニックスよりも高く舞い上がった。


「たあああああっ!!」


 渾身の一撃。


 剣が黒い炎を切り裂き、フェニックスの翼へ深く突き刺さる。

 その勢いのまま、大地へと叩き落とした。


 轟音が山頂を揺らす。

 剣は地面へ深々と突き立ち、フェニックスを大地へ縫い止めていた。


「今ですわ!」


 リオナは大きく息を吸い込んで、両腕を前に突き出した。


 その手はもう震えてはいなかった。

二人はフェニックスを救えるのか――。

次回、シオイナ山編完結! そして、新たな仲間が……?


※ぜひ第12話もお楽しみください!

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