初めての共同作業
シオイナ山は、ひどい有様だった。
土は、腐ったように、どす黒く沈んでいた。木々は、葉を落とすどころか、幹そのものが、黒く枯れ果てている。鳥の声も、虫の音も、何も聞こえない。あるはずの生命の気配が、根こそぎ、消え去っているようだった。
「これは……」
リオナは、思わず、足を止めた。
ギルドワさんの言葉は、決して、大げさではなかった。むしろ、聞いていた以上に、深刻な光景だった。
ふと、アリアーゼが足を止めた。
「リオナ、あれをご覧になって」
指さす先には、一本の巨木があった。幹には、巨大な爪痕が何本も刻まれていた。まるで、苦しみに耐えきれず、暴れまわったかのように。
「これは……」
リオナが近づく。
その根元には、人の腕ほどもある、真紅の羽根が一枚、落ちていた。光を受けて、羽根は宝石のように輝いている。
「大きいですわ……」
アリアーゼは、そっと羽根に触れた。
その瞬間。
羽根は音もなく灰となって、風に散った。
「魔力が……抜けています」
リオナは眉を寄せてつぶやいた。
◇
フェニックスの痕跡を追うように、二人は、さらに山を登っていった。
標高が上がるにつれ、枯れ木は姿を消し、代わりに、岩肌が目立つようになる。風は強く、吹き抜けるたびに、小石が転がる音だけが、静かな山に響いた。
「もうすぐだと思います」
リオナは、そっと目を閉じた。微かではあるが、魔力の流れを感じる。
それは、聖なる力とも、禍々しい力とも違う。二つが、無理やり混ざり合っているような、ひどく歪な気配だった。
「この先から、感じます」
リオナは小さくつぶやいた。
アリアーゼは、頷き、剣の柄に手を添えた。
その時だった。
「グオォオオオ――――ッ!!」
山全体を揺るがすような咆哮が、大気を震わせた。鼓膜を打つ轟音に、足元の小石が、ぱらぱらと転がり落ちていく。
「……っ!」
リオナは、思わず息をのんだ。
聞こえてきたのは、獣の雄叫びではない。苦しみを吐き出すような、悲痛な叫びだった。
「急ぎましょう! 足元に気をつけなさいな」
アリアーゼが駆け出す。
「はい!」
二人は岩場を駆け上がり、最後の斜面を登り切った。
その瞬間、視界が、一気に開けた。
山頂には、巨大な窪地が広がっていた。かつて火口だったのかもしれない。
窪地の中央には、巨木を土台にした巨大な巣があった。
そして。
その巣の中央で、一羽の巨大な鳥が、翼を広げていた。
全身を覆うはずの、美しい真紅の羽毛は、黒い炎に侵されている。翼を広げるたびに、黒い火の粉が舞い上がり、周囲の空気までも、ゆらりと歪ませた。
フェニックス。
村を見守ってきたという、伝説の聖獣だった。だが、その瞳には、穏やかな知性の光はなかった。
リオナは、フェニックスから目を離さず、小さく息をのんだ。
「そんな……」
その身を包む黒い炎は、炎ではなかった。禍々しい闇の魔力が、聖なる力へ絡みつき、少しずつ侵食しているように見えた。
「アリアーゼ様」
リオナの声は、これまでになく真剣だった。
「あのフェニックスは、闇の気配に囚われています。放っておけば……やがて、聖獣ではなく、魔の存在へと変わってしまいます」
「助かりますの?」
アリアーゼがフェニックスを見つめたまま、聞いてくる。
「……まだ、間に合います」
リオナはゆっくりと、答える。
「まだ、聖なる力が残っています。完全に侵食されたわけではありません」
胸の前で、そっと手を握る。
「聖女の力なら……私なら、浄化できるかもしれません」
でも、と、リオナは、続けた。
「フェニックスが、大人しく浄化されてくれるかどうか」
そこまで言って、リオナは口を閉じた。胸の前で組んだ両手が、小さく震えている。
「――試してみるしかないですわ。まずは話をしてみましょう」
そう言って、アリアーゼが、一歩、前に出た。
「フェニックスよ!」
その声には、いつもの、ふわふわとした調子ではなく、静かな、深い響きがあった。
アリアーゼは、窪地の中央にいるフェニックスを、まっすぐ見据えた。
「聖獣と称えられるあなたが、このありさま。いったい、何があったのか」
黒い炎が、揺れた。
巨大な瞳が、ぎょろりと、二人を睨んだ。
「ウヌらは……何者だ」
地の底から響くような、低い声だった。
「我は今、闇の力を蓄えておる。力が満ちた時、我は闇の僕となり、この地を支配する。邪魔をするな」
次の瞬間、フェニックスが、大きく羽ばたいた。黒い炎の熱気が、周囲一帯に、まき散らされる。
「くっ!」
アリアーゼは一歩下がった。
「交渉は、無理ですわね。それに――これじゃ、熱くて、近づけませんわ」
「アリアーゼ様! あの黒き炎には、わたしの氷の魔術が有効かもしれません!」
リオナが、両手を、前に構えた。
「お任せください」
次の瞬間、フェニックスが、大きく羽ばたいた。
黒い炎が渦を巻き、燃え盛る羽根が、無数の矢となって二人へ襲いかかる。
「リオナ!」
「はい!」
リオナは両手を前へ突き出した。
「大気の水よ、集え! 氷の壁となりて、盾となれ!」
澄んだ音とともに、透明な氷の壁が生み出された。黒い羽根は、激しく氷へ突き刺さった。
ガガガガガッ!
鋭い音が、山頂へ響き渡る。炎と氷がぶつかり合い、白い蒸気が辺りを覆った。
「防げます!」
リオナは叫んだ。
「炎の熱も、氷の加護なら抑えられます!」
「でしたら」
アリアーゼが、剣を構える。
「わたくしが、フェニックスを押さえますわ」
リオナは、大きく頷いた。
「では、わたしが浄化します!」
「参りますわ!」
「はい!」
アリアーゼが飛び出した瞬間、リオナは両腕を前に突き出した。
「大気の水よ、集え! 氷の衣となりて、その身を護れ!」
淡い青い光がアリアーゼを包み込む。薄く透き通った氷の加護が、その身を覆った。
黒い炎が吹き荒れる。だが、炎は氷の衣に弾かれ、アリアーゼへ届かない。
アリアーゼは、一気に距離を詰めた。
しかし、フェニックスは、大きく翼を広げ、高く空へ舞い上がる。
「リオナ!」
アリアーゼが振り返る。
「足場は作れますの?」
「おまかせください!」
リオナは、すぐに詠唱した。
「大気の風よ、集え! 岩を浮かべて、足場となれ!」
突風が岩を巻き上げる。
大小さまざまな岩石が、フェニックスの周囲へ次々と浮かび上がった。
「上出来ですわ!」
アリアーゼは笑顔を浮かべた。
次々と岩を蹴り、空を駆け上がる。
その身体はフェニックスよりも高く舞い上がった。
「たあああああっ!!」
渾身の一撃。
剣が黒い炎を切り裂き、フェニックスの翼へ深く突き刺さる。
その勢いのまま、大地へと叩き落とした。
轟音が山頂を揺らす。
剣は地面へ深々と突き立ち、フェニックスを大地へ縫い止めていた。
「今ですわ!」
リオナは大きく息を吸い込んで、両腕を前に突き出した。
その手はもう震えてはいなかった。
二人はフェニックスを救えるのか――。
次回、シオイナ山編完結! そして、新たな仲間が……?
※ぜひ第12話もお楽しみください!




