得難い二人
次の日も、一日目とおなじだった。
繰り返しの作業で、多少慣れてきた感はある。岩を浮かせてから落としてしまう者は減った。狙いを外して川へ沈める者も、昨日ほどではない。
だが、肝心の岩盤を砕く作業は一向に進まなかった。
「ええい、なぜだ!」
若い魔術師が、リオナに視線を送ると地面を蹴った。
「あの娘と、何が違うというんだ」
「腕の差だろう」
エルディオが、そっけなく言った。
「あの巨大な岩を浮かせるだけでもかなりの集中力を伴う。それを狙いを定めて勢いよくぶつけるとなると、単純な魔力の優劣を超えた才が必要だな」
「では、どうしろと」
「……分からん」
魔術師たちは誰も答えを見つけられないでいた。
そんな中、アリアーゼは一日中、現場を歩いていた。
指示は出さない。ただ、一人ひとりの作業を眺めて、ときどき短く何かを尋ねては、また次の者のところへ行くという作業を繰り返していた。
リオナは不思議に思い尋ねた。
「アリアーゼ様、何をなさってるんですか?」
「この仕事を成功させるために、見極めているのですわ」
「……どういうことですか?」
「人には得手不得手がございますでしょう?」
それだけ言って、アリアーゼはまた歩いていった。
その日、岩盤にできたくぼみは、ゼロだった。
◇
三日目の朝。
脱落した者こそいないが、全員がすでに疲れたような顔をしていた。
現場に集まった全員を前に、アリアーゼが口を開いた。
「本日から、皆さまの配置を変えますわ」
ざわめきが起きた。
「配置を変えるとは?」
「みなさまを、三つの組に分けますの。岩を浮かせる組。運ぶ組。放つ組ですわ」
「……分業ということですかな」
エルディオが問いかけてきた。
「ええ」
アリアーゼは、手にした紙を広げた。
そこには、三十人分の名前が書かれていた。誰がどの組に入るかが、すでに決まっているようだ。
「ではまず、ラルフ・エインズさん」
アリアーゼは、若い魔術師を指した。昨日、地面を蹴っていた男だ。
「あなたは力がおありですけれど、細かい制御は苦手ですわね。浮かせる係ですわ」
「……は、はあ」
ラルフはとまどいつつ、頭をかいた。
「バーナード・クレインさん。あなたは、風の向きを変えるのがお上手ですわね。放つ係ですわ」
「わ、私が? 魔力の弱い私が、放つ係で?」
「浮いている岩を押すのに、大きな力は要りませんの。あなたの狙いの正確さは、目をみはるものがありますわ」
「……わかりました」
アリアーゼは満足そうに頷くと別な者たちへ目を向けた。
「あなたと、そちらのあなた、一緒に組んでごらんなさいな。息が合いそうですわ」
「……我々は昨日、初めて顔を合わせたのですが」
「ええ。でも、風の起こし方が似ていらっしゃいますわ」
アリアーゼは次々に指示を出していく。あっという間に三十人の割り振りが決まった。皆は戸惑いつつも指示に従った。
エルディオが、疑問を口にした。
「……アリアーゼ殿でしたな。あなたは、魔術をお使いになるのですか」
「いいえ、まったく」
「では、なぜ我々の魔術の質がお分かりに?」
問われたアリアーゼは、なんでもないことのように答えた。
「わたくし、人を見るのは得意ですのよ」
それから、アリアーゼはリオナの方へ向き直った。
「それと、リオナ」
「はい」
「現場の指揮をあなたにお任せしますわ」
「……ええっ?」
「わたくし、魔術が使えませんもの。教えながら指揮を取れるのは、あなただけですのよ」
リオナは、三十人を見回した。
大半が年上の魔術師たちだ。宮廷に仕える者もいる。その全員が、こちらを見ていた。
リオナは思わず喉を鳴らした。
自分は、ただの商家の娘だ。神殿育ちで、魔術を学んではきたけれど、人に教えたことなど一度もない。
リオナが隣を見上げると、アリアーゼがにこにこと笑っていた。
(――アリアーゼ様はできないことを無理に頼んだりはしないはずだ)
リオナは目を閉じて、一度だけ息を大きく吸って吐いた。
目を開けた時、リオナの表情は変わっていた。
「……お任せを」
◇
それからのリオナは、時間と体力が許す限り叫び続けることになった。
「もっと高くです! 落とす勢いも使ってください!」
「浮かせたら、すぐ手を離さないで。放つ人に渡す瞬間まで支えていてください!」
「今のです! 今の感覚、忘れないでください!」
最初は、散々だった。誰も、まともに言うことを聞かなかった。
面と向かって何かを言われたわけではない。ただ、返事がない。頷きもしない。言われたとおりにもしない。
『小娘に指図される筋合いはない』
そんな雰囲気が言われなくても伝わってきた。
リオナは、腹を立てなかった。当然だと思ったからだ。自分が逆の立場でも、そうする。
だから、言い方を変えた。
「あの、風を絞るときに、手首だけで絞ってませんか? 肘から動かすと、もう少し安定すると思います」
「…………」
「あ、すみません。余計なことを。ただ、一度だけ試してみてはいただけませんか?」
「……わかった」
言われた男は、言われた通りに肘から風を絞った。岩が、まっすぐ飛んだ。
どごおおおん。
その日、初めて岩盤に傷がついた。
◇
四日目、返事が返ってくるようになった。
「今です! そこで風を絞ってください!」
「承知した。はあっ!」
「よかったです! でも、もう少し高く上げてください!」
五日目、質問が飛んでくるようになった。
「リオナ殿。魔力の出力を抑えた方が楽に石が浮くのだが」
「その通りです。魔力を出力する量を抑えて、その分制御する質を高める方が安定するんです」
六日目には、先生と呼ばれるようになっていた。
どごおおん。
どごおおおん。
岩盤に当たる音が、日に日に増えていく。
浮かせる、運ぶ、放つ。組ごとに順番が回り、途切れがない。砕けて落ちた岩は、すぐ次の組が拾い上げる。
岩盤は、少しずつ、しかし確実に形を変えていった。
◇
工事を始めてから、ちょうど一週間後。
馬車から降りたエルクードは、川べりで足を止めた。そのまま、しばらく動かなかった。
岩盤の形が変わっている。
東へ突き出していた灰色の壁が、明らかに後退している。川の流れが、以前より素直になっていた。
「……一週間で、ここまで?」
「みなさんが優秀だからですわ」
アリアーゼが、にこにこと笑った。
エルクードは、現場を見渡した。三十人が、三つの組に分かれて動いている。運ぶ者が位置につけ、浮かせる者が岩を持ち上げ、放つ者が撃ち出す。
無駄がない。誰かが手を止めても、別の組がその間を埋めている。
その流れの中心で、リオナが声を張り上げていた。
「そこ、もう少し左です! 角を狙ってください、角!」
「おう!」
「はい、次! いきます!」
どごん。
エルクードは、その光景をしばらく眺めていた。
「アリアーゼ殿」
「なんでしょう?」
「あの配置は、あなたが?」
「うふふ」
アリアーゼは、口元に手を当てた。
「ちょっといじっただけですのよ」
(――ちょっと、などというレベルではない)
エルクードは、心の中で舌を巻いた。
初日には、てんでばらばらだった三十人だ。腕も年齢も出自も異なり、しかも全員が乗り気ではなかった。それが一週間で、ひとつの現場になっている。
人を見て、置き場所を決める。言葉にすれば、それだけのことだ。
だが、それをこれほどまでに短期間でできる者が果たして自国に何人いるだろうか。
騎士団長のカーゾフか。いや、彼は自分が前に出る事で、周りを引っ張るタイプだ。宰相のエーゲルか。いや、あの男は数字は読めるが、人は読めない。
エルクードが思いにふけるその脇でリオナの声が響く。
「少しだけ良い方法があるんです。風は押すんじゃなくて、包むんです!」
「包む?」
「こう、岩ごと風の中に入れる感じで。……あ、それです! 今のすごくいい感じです!」
「おお……!」
若い娘が、年上の魔術師に魔術を教えている。
あれは王都の宮廷魔術師のエルディオだ。気位の高い男だったはずだが、素直に頷いていた。
エルクードは、そっと息を吐いた。
(――この二人、得難い人材だ。欲しい。我が国に、是非とも欲しい!)
魔術は使えなくても、人を見る目はSSS。気がつけばリオナさんも「先生」と呼ばれるようになりました。
そしてエルクード殿下、ついに本音が漏れております。
次回、工事は順調。なのに、アリアーゼ様がまさかのお休み宣言!?




