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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第一章 出会いと居場所

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心配して損しました

 結局、一睡もできずに朝を迎えた。

 リオナは石垣に腰かけ、物思いにふけっていた。


 アリアーゼは、三日と言った。それは、気の遠くなるような長さに思えた。

 そもそも、三日経てば、本当に、帰って来るのだろうか。


 自分にできることは、何もない。

 ――せめて、無事を祈ろう。


 そう思って、山の方を向いたその時、それは、見えた。

 誰かが、荷馬車を引いて、歩いてくる。朝日に照らされたその姿を見て、リオナは目を見開いた。


「アリアーゼ様だ……!」


 思う間もなく、リオナは、駆け出していた。

 視界が、じわりと滲んだ。


 アリアーゼはいつもの歩調で、こちらへ歩いてくる。変わった様子は、どこにもない。


「アリアーゼ様! アリアーゼ様!」


 名前を呼びながら、リオナは、ただ、走った。 

 そして、その表情が、はっきりと見えるところまで来て――


 脱力した。


 アリアーゼは、にへにへと、だらしない笑みを浮かべていた。

 どこを見ているかわからない目。ああ。妄想している時の、あの顔だ。


「アリアーゼ様!」


 リオナは頬をふくらませて呼びかけた。


「あら? リオナ、おはよう。そんな顔して、どうなさったの?」


「もう……もうっ!」


 リオナは、ぷいっと、そっぽを向いた。

 アリアーゼは、きょとんとした顔で、そんなリオナを見つめるばかりだった。


    ◇ 


「あのお方がお戻りだ……!」


 その声に、宿場町が、たちまち騒がしくなった。

 商人たちが、次々と駆け寄ってくる。あの、指輪を奪われた商人も、その中にいた。


「これを」


 アリアーゼが、そっと、指輪を握らせる。


「あ……ああっ……! ありがとうございます……!」


 商人は、指輪を両手で握りしめ、地面に泣き崩れた。

 周りの商人たちも、荷を取り戻し、あちこちで、涙と歓声が上がっている。


「なんとお礼を申し上げれば……!」


「ふふ。淑女のたしなみですわ」


 アリアーゼは、こともなげに、そう言った。

 リオナは、少し離れた場所から、その光景を見ていた。


 (――ああ。やっぱり、この人は、すごい人なんだ。何十人もの盗賊の根城にたった一人で乗り込んで、帰ってくるなんて。)


 見惚れるように、リオナは、その背中を見つめていた。


    ◇ 


 その夜、宿の湯殿で、リオナは、アリアーゼにそっと寄り添った。


「アリアーゼ様。今日は、わたしが、洗って差し上げます」


「あら」


 アリアーゼは、少し驚いた顔をしたが、素直に頷いた。


「では、お願いしようかしら」


 リオナは、石鹸を泡立て、その背に、そっと手を這わせた。

 傷ひとつない、なめらかな肌だった。

 それが、かえって、リオナの胸を締め付けた。


 この人は、たった一人で、何十人もの敵の中へ乗り込んだのだ。

 もし、もし、傷ついていたら。もし、帰ってこなかったら。


 こらえていたものが、堰を切った。


「ぐすん」


 リオナは、その背に、そっと、手を回した。


「よかった……本当に、無事で……」


 声が、震える。

 涙が、頬を伝った。


「あら、あら」


 アリアーゼは、驚いたように、目を丸くした。

 それから、困ったように、けれど、どこか嬉しそうに、微笑んだ。


「ご心配を、おかけしましたわね」


「……アリアーゼ様の、馬鹿」


「まあ」


「おひとりで。危ないことをなさって……」


 リオナは俯いて、肩を震わせている。

 アリアーゼは、リオナの頭にそっと手を置いて、静かに言った。


「あんな輩には負けませんわ。だってわたくし、先生から、まだ何も教わっておりませんもの」


 リオナが顔を上げると、アリアーゼと目が合った。アリアーゼは、いつものやわらかな笑みを浮かべていた。


 しばらく、二人とも、何も言わなかった。

 湯気だけが、静かに、二人を包んでいた。


 沈黙を破ったのはアリアーゼだった。


「ねえ、リオナ。一つだけいいかしら」


 アリアーゼが、真剣な顔で、口を開いた。


「なんでしょうか?」


 アリアーゼの視線が下へと向かう。


「いったい何を食べたら、そんなに、大きくなるのかしら?」


「……はい?」


 アリアーゼの視線が、まっすぐに、リオナの胸元へ、注がれていた。


「もう! アリアーゼ様の馬鹿! 馬鹿!! ポンコツ!!!」


 湯殿に、リオナの叫びが、こだました。


    ◇


 それから、しばらく後。ゼリアス王国、王宮執務室にて。

 書類の山に囲まれた執務机で、一人の男性が、面倒くさそうにペンを走らせていた。

 そこへ、静かに扉が開く。


「エルクード王子殿下。ご報告がございます」


 入ってきたのは、黒髪を一つに結った、若い女官だった。表情は、いつも通り、凪いだ湖面のように動かない。


「おお、サリエナか。どうした」


 エルクードは、ペンを止め、顔を上げた。


「グランベル側国境付近に巣くっていた盗賊団が、壊滅した模様です」


 サリエナは、抑揚のない声で、淡々と報告を続けた。


「……それは誠か?」


 エルクードの眉が、わずかに動く。あの盗賊団は、この国の兵でさえ、長年手を焼いていた相手だった。


「はい。現地で裏付けを取りました。間違いございません」


「誰がやった」


「目撃者の証言では、一人の女性騎士だったと」


 エルクードは、椅子の背にもたれ、興味深そうに、サリエナを見つめた。


「ほう? して、その者の名は」


 サリエナは、少しだけ、間を置いた。


「アリアーゼ・フォン・ローレンス」


 その名を聞いた瞬間、エルクードの動きが、ぴたりと止まった。


「グランベルの最強騎士と同じ名ではないか」


 声に、隠しきれない驚きが滲む。


「左様でございます。なんでも、グランベル王太子に婚約を破棄され、国を出たとか」


「なるほど、興味深い」


 エルクードは、身を乗り出すようにして、机に肘をついた。

 その口元に、にやりと、笑みが浮かんだ。

無事に盗賊事件を乗り越えた二人。

次回、アリアーゼとリオナの新しい暮らしが始まります。


※ぜひ第8話もお楽しみください!

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