静かな怒り
ゼリアス王国の国境へ向かう道中。
リオナは、自分のことを少しずつ話していた。
「まあ。神殿でお勉強なされてたの?」
アリアーゼが、なるほど、というふうに頷いた。
「はい。聖女修行を受けておりました。回復魔法や補助魔法は、一通り学びました。一応、攻撃魔法も」
リオナは少しだけ胸を張った。
しかし、アリアーゼの興味は別の所にあった。
「まあ! お料理も習われたの?」
「え……は、はい」
リオナは戸惑いつつも頷いた。
「お裁縫も?」
「はい」
「お洗濯も? お掃除も?」
アリアーゼの目がキラキラと輝いている。
リオナは苦笑いをしながら、「そうですね」と頷くしかなかった。
◇
国境を越えると、景色は、少しずつ変わっていった。
街道は隅々まで整えられ、畑には青々とした作物が実っている。行き交う旅人たちは、どこか穏やかな表情を浮かべていた。
ゼリアス王国。
グランベル王国とは、どこか違う空気が流れていた。
「地続きだというのに、こちらの国は雰囲気が違いますわね」
アリアーゼが、目を細めて呟く。
「ええ、本当に。なんだか落ち着きますね」
リオナはそう言って、大きく息を吸い込んで吐いた。
国境を越える前から、ずっと張っていた肩の力が、少しだけ抜けていく気がした。
「平和そうな、いい国ですわね」
「おっしゃる通りです」
二人でそんな言葉を交わした直後だった。
街道の先で、悲鳴が上がった。
「……前言撤回ですわ」
「……まさに、おっしゃる通りです」
二人は悲鳴の上がった方へと駆けた。
◇
二人が駆け付けると、荷馬車が横倒しになり、商人たちが盗賊たちに追い詰められ
ていた。
「金目の物は全部置いていけ!」
「た、頼む! それだけは勘弁してくれ!」
リオナは、息をのんだ。
剣を握った商人が、必死に盗賊へ立ち向かっている。だが、相手は十人以上。じりじりと追い詰められていた。
盗賊の一人が、大きく剣を振り上げる。
「きゃあ!」
リオナは思わず、悲鳴を漏らした。
――その瞬間だった。
「あれ……?」
いつの間にか、アリアーゼが商人の前に立っていた。ついさっきまでリオナの隣にいたはずなのに。
その後のことは、あっという間だった。
銀の剣が、幾度もひらめく。盗賊たちは、なす術もなく地に伏していった。
「ば、化け物だ!」
「逃げろっ!」
残った盗賊たちは、仲間を捨て、蜘蛛の子を散らすように森へ逃げ込んでいった。
リオナが追いつく頃には、もう、ほとんど片がついていた。
「リオナ。怪我人を、お願いいたしますわ」
「は、はい!」
リオナは、倒れている御者のもとに駆け寄り、傷口に手をかざした。回復の光が、白く滲む。
「ありがとうございました……!」
商人の一人が、深々と頭を下げた。他の商人たちも、口々に礼を述べる。
その中に、一人。
地面に膝をつき、両手で顔を覆っている、初老の商人がいた。
「どうなさいましたの」
アリアーゼが、歩み寄って膝を折る。
「……指輪が」
商人は、震える声で言った。
「盗賊どもに、指輪を奪われちまいました。……死んだ女房の、形見だったんです」
「……」
「何があっても、手放すまいと思っていたのに……」
それ以上は言葉にならなかった。商人の口から嗚咽が漏れた。
リオナは、隣に立つアリアーゼを見上げ、そして息を呑んだ。
アリアーゼの横顔から、いつものやわらかさが、消えていた。笑みもない。声を荒げるでもない。ただ、その瞳には、静かな怒りが宿っていた。
「あの盗賊たちの、根城はご存知?」
声は、穏やかだった。それなのに、リオナの耳には、なぜか、痛いほどに響いた。
「は……はい。この先の、山の中に、砦が……。連中、あそこに何十人もいて……。誰も、手を出せねえんです……」
「そう」
アリアーゼは、短く頷いた。
それだけで、周りの空気が、すっと、冷えていくのを、リオナは感じた。
「リオナ」
名を呼ばれて、リオナは、びくりと肩を震わせた。
「この方たちと一緒に、この先の宿場町で、お待ちいただけるかしら」
「あ……あの、アリアーゼ様は」
「三日」
アリアーゼは、静かに、言った。
「三日だけ、お待ちなさい」
それだけを言うと、アリアーゼは、山の方角へと、歩き出した。
振り返ることは、なかった。
リオナは、何も言えず、その背中を見送ることしかできなかった。
◇
その夜、リオナは、ほとんど眠れなかった。
「あの砦の連中は、ただの盗賊じゃねえ。元傭兵崩れの、荒くれどもだ」
「何十人もいるらしいぞ。誰も、手を出せねえ」
宿の食堂で交わされていた噂話を何度も思い出し、そのたびにリオナの胸は、締め付けられた。
窓の外を見るたび、山の黒い稜線が目に入る。目が冴えて仕方がない。
アリアーゼ様は、今、どうしているのだろう。無事なのだろうか。
もしかしたら――
考えるだけで、息が苦しくなる。
リオナは、何度も、寝返りを打った。
長い、長い夜だった。
平和そうに見えたゼリアス王国で、二人を待っていた最初の事件。
次回、リオナはアリアーゼの帰りを待ち続けます。
※ぜひ第7話もお楽しみください!




