↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第一章 出会いと居場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/58

疑う必要なんてなかった

 次の日の朝、二人は宿の食堂で、食事をとっていた。


 賑わう食堂は、どこか浮ついた空気に満ちていた。客たちが、一つの話題で、持ちきりになっている。


「聞いたか? 王都の話よ」


「ああ、シュレム王太子殿下と、騎士団長アリアーゼ様の婚約破棄だろう」


「新しい婚約者は、ナターシャ様というご令嬢らしいな」


 リオナの手が、スプーンを持ったまま、止まった。


「なんでも、アリアーゼ様は、そのご令嬢にずいぶん辛くあたっていたとか」


「それに、ずいぶんと気位が高くてなあ。王太子殿下のことも、ずっと蔑ろにしていたとか」


「剣ばかり振って、淑女の嗜みひとつ知らん女だったそうだ。そりゃ、捨てられもするさ」


「それに比べて、ナターシャ様は、それはお淑やかな方らしいぞ。もう、お世継ぎもお出来になったとか」


 どっと、下品な笑いが起きた。


 リオナは、そっと、向かいの席をうかがった。

 アリアーゼは、涼しい顔で、スープを口に運んでいる。自分の噂だというのに、眉ひとつ動かさない。


「……アリアーゼ様。あの、あれは」


「ふふ。わたくしのことね」


 アリアーゼは、小さく笑った。


「婚約破棄されたのは事実ですし、噂に尾ひれは付きものです。わたくしから申し上げることは何もありませんわ」


 その横顔には、怒りの色も悲しみの色もなかった。


 リオナは、もう一度、噂話に耳を傾けた。聞こえてくるのは、アリアーゼを貶める言葉と、ナターシャを褒めそやす声ばかりだった。

 誰も、違う、とは言わない。


 そんな噂を聞かされて、胸の奥が、ざわついた。

 アリアーゼ様と出会って、まだほんの僅かだ。自分は、この人の何を知っているというのだろう。


 自分から見たアリアーゼ様は、噂のような人には思えない。


 それでも、もしかしたら。

 噂のほうが真実なのかもしれない。


 ――そんな考えが頭をよぎり、リオナは、そっと目を伏せた。


    ◇


「ねえ、リオナ」


 宿を出て、しばらく歩いた頃、アリアーゼが、ふいに口を開いた。


「わたくし、この国、グランベル王国を出ようと思っていますの」


「……え」


「隣の国へ、行ってみようかと。あなたさえ、よければ」


 それは、リオナにとっては、渡りに船の申し出だった。

 政略結婚から逃げてきた身だ。この国にいる限り、いつか、実家の手が伸びてくるに違いない。国境を越えられるなら、それに越したことはない。


「わたしは、構いません、けれど……」


 言いかけて、リオナは、口ごもった。


 今朝の食堂での噂話が、ふと、頭をよぎった。

 気位が高く、王太子を蔑ろにし、令嬢に辛く当たって婚約破棄された女騎士。

 

 もしかしたら、あの噂は本当なのかもしれない。

 この人は、居場所をなくして、この国から逃げ出そうとしているのかもしれない。


 そんな疑いが、ちらりと、頭をかすめた。

 そう思ってしまってから、リオナは、自分が嫌になった。

 命を救ってもらった相手を、こんなふうに勘ぐるなんて。


「……ご一緒、します」


 結局、それだけを言った。

 アリアーゼは、嬉しそうに、ふわりと笑った。


    ◇ 


 国境の関所は、思いのほか、混み合っていた。


 グランベル王国を出ようとする者たちが、長い列をなしている。その一人ひとりを、衛兵が呼び止め、身分を検めていた。とりわけ、若い女の姿を見つけると、念入りに。


「……次の者、前へ」


 リオナの心臓が、嫌な音を立てた。

 自分には、手配が回っているかもしれない。ここで身元を検められれば――終わりだ。


「あ、あの、アリアーゼ様、わたし……」


 声が、震える。


「大丈夫ですわ。わたくしに、お任せなさい」


 そう言って、アリアーゼは衛兵とリオナの間に立った。


「身分を検める。女は、こちらへ――」


「うふふ。通してくださるかしら?」


 アリアーゼが話しかけると、衛兵の一人が、はっと目を見開いた。


「あ、アリアーゼ様……!?」


 声が、上ずる。

 衛兵は、慌てた様子で、その場を離れていく。


「隊長! 隊長を、お呼びしてまいります……!」


 あっという間の出来事だった。

 リオナは、わけも分からず、ただアリアーゼの隣で立ち尽くしていた。


「アリアーゼ様ーっ!」


 声とともに、一人の男が、人混みをかき分けて駆けてきた。がっしりとした体つきの、若い男だった。


「あら。国境警備隊隊長の、グーダスさんね」


 アリアーゼが、ふわりと笑う。


「お久しぶりですわ」


「はっ、ご無沙汰しております……! あ、あの、アリアーゼ様。噂は、本当なのですか。騎士団長を、お辞めになったというのは」


「ええ。本当よ」


 アリアーゼが、こともなげに答える。


 グーダスは、しばらく言葉を失ったように立ち尽くし、それから、苦渋の表情を浮かべた。


「……王国は、馬鹿だ……!」


 絞り出すような、声だった。


「あなた様の代わりなど、どこにも、いないのに……! あなた様が、どれほどこの国を守ってこられたか……なのに、あんな、あんな仕打ち……!」


 大きな体を震わせ、グーダスは、子どものように泣いた。

 周りに集まった衛兵たちも、次々と、口を開いた。


「団長……もう、我々のところには、戻ってきてはくださらないのですか」

「あなた様がいなくなると聞いて、皆、どれほど心細く思っていることか」

「どうか、お達者で……」


 誰も彼も、惜しみ、悲しみ、涙ぐんでいる。

 まるで、遠くへ嫁ぐ、身内の娘でも見送るような、そんな別れ方だった。


 その時。


「そちらのお嬢様は……?」


 衛兵の一人が、リオナを見て、そう訊いた。


「わたくしの、大切な連れですわ」


 アリアーゼが、当然のように答える。

 その言葉に、リオナは思わず目を見開いた。


「さようでございますか!」


 それだけだった。


 誰も、リオナの身元を検めようとはしなかった。名も、素性も、問われなかった。アリアーゼの連れだという、ただそれだけで、疑う者は、誰一人としていなかった。


「では、皆さん。達者でね」


 アリアーゼは、ひらりと手を振ると、もう歩きだしていた。

 いつもの、のんびりとした足取りで、振り返ることは、なかった。


 リオナは、その背中を追いながら、胸が、いっぱいになった。


 悪い噂を、ほんの少しでも、信じかけた自分が、恥ずかしかった。

 噂のような酷い女に、あんなにも、大勢の人が、涙を流すだろうか。代わりなどいない、と、体を震わせて泣く者がいるだろうか。

 誰も検めようとしないほどの、絶大な信頼を、勝ち得ているだろうか。


 ――ああ。これが、アリアーゼ様の、真実なんだ。

 これまで見てきたアリアーゼ様は、何一つ偽りではなかったのだ。


 なんだか、無性に、バツが悪かった。

 何か、一言、詫びたいような、礼を言いたいような。うまく言葉にならない気持ちを抱えて、リオナは、その隣に並んだ。


「……アリアーゼ様」


 声をかけようとして、アリアーゼの顔を見て――脱力した。


「んふ……んふふ……」


 アリアーゼは、歩きながら、だらしなく頬を緩めていた。

 とろん、とした目で、宙を見つめている。


 ――ああ。この人、また、妄想してる。


 リオナは、天を仰いだ。

 さっきまでの、しんみりとした気持ちが、音を立てて崩れていく。


 やっぱり、この人は、ポンコツだ。

 どうしようもなく、残念で、ふわふわしていて。


 でも。


 ――悪い人じゃないってことだけは、はっきりしたわ。


 リオナは、そっと、口元をゆるめた。


 この時、リオナは気づいていなかった。アリアーゼが、自分を守るために、国を出ようとしてくれていた、ということを。


 それを知るのは、ずいぶん後になってからだった。

国を越え、二人の新しい旅が始まりました。

次回、アリアーゼとリオナは、旅先で初めての事件に遭遇します。


※ぜひ第6話もお楽しみください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。