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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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大切な花嫁道具

「まったく、役に立たん奴らめ。時間を稼ぐことすらできんのか」


 窪地の底から、呆れたような声が響いた。


「もう少しだったのだがな。まあ、仕方あるまい」


 ネクロマンサーは、ゆっくりと立ち上がった。土に沈めていた両手を引き抜く。手のひらから伸びていた黒い線が、ぶつりと切れて地面へ消えた。


 リオナは目を見開いた。

 世界樹へ続いていた闇の魔力の線が感じられなくなった。


「アリアーゼ様! 流れが止まりました!」


 リオナは叫んだ。


「そう。よかったですわ」


 アリアーゼは、窪地の縁に立ったまま答えた。


 ネクロマンサーは、装束についた土を払っている。慌てる様子はなかった。四人の魔族が倒れているというのに、視線を向けようともしない。


 やがて、フードの奥の目がこちらを向いた。


「仕方がない、遊んでやるか。未来の我が妻と、再び剣を合わせるのも一興よ」


「あら」


 アリアーゼが、小さく首をかしげた。


「あなたに、その資格がおありかしら?」


    ◇


 アリアーゼは剣を抜くと、剣先をリオナに向けた


「リオナ! お願いしますわ!」


「お任せください! 大いなる光よ、集え。剣を覆いて、加護となれ」


 リオナが詠唱する。剣身が、淡い光を帯びた。前回の戦いと同じ、剣に直接浄化の力を乗せたものだ。


 アリアーゼは一つ息を吐くと、斜面を駆け下りた。


 距離が半分になったところで、ネクロマンサーの手が動いた。黒い靄が、その手の中で細く長く伸びる。やがて、剣の形になった。


 二つの刃が、窪地の中央でぶつかった。


 音が、遅れて届いた。


 アリアーゼが、間髪をいれず踏み込む。


 一撃。二撃。三撃。ネクロマンサーの黒い剣が、防ぐ動きだけで手一杯になっている。


 四撃目が、その肩を斬り裂いた。


「――ほう」


 ネクロマンサーが目を細める。

 五撃目で、装束の胸元が大きく開いた。


 リオナは、思わず息を止めた。

 アリアーゼ様が押している。それも、圧倒的にだ。


 瘴気の森で見た、あの舞のような剣技。あれが今、目の前で再現されていた。


「そこですわ!」


 アリアーゼの刃が、ネクロマンサーの胸を捉えた。


    ◇


 アリアーゼの刃は、ネクロマンサーの胸に突き立っている。

 確かに刃は装束を裂き、その下の皮膚を切り裂いた感触があった。


 しかし―― 刃はそこで止まった。それ以上、前に進まない。刃が、肉まで届いていない。


「あら?」


 アリアーゼの口から、場違いな声が漏れた。


 ネクロマンサーは、フードの奥から剣を見下ろした。


「くくく。相変わらず良い腕だ。前と変わらぬ」


 その声には、焦りの色はなかった。余裕すら感じられる。


 次の瞬間、ネクロマンサーの手が動いた。開いた手のひらが、突き立ったままの剣身へ叩きつけられる。


 パキィン!


 甲高い音が、窪地に響いた。アリアーゼの剣は、その半ばから折れて、刀身を失っていた。


「くっ!」


 アリアーゼの表情がわずかに歪む。

 その隙を見逃さず、ネクロマンサーは黒い剣を振り上げた。


「アリアーゼ様!」


 リオナは、考えるより先に手を突き出していた。両手を胸の前で合わせる。


「大いなる光よ、集え。刃となりて、その身を解き放て!」


 光が、細く鋭く伸びた。その光が、ネクロマンサーの腕を貫く。


「ぬう」


 振り上げた手が、止まった。フードの奥の目が、リオナへと向く。


「聖女め。邪魔をするな」


 ネクロマンサーは、剣を持たない方の手を突き出すと、魔法の矢を放った。黒い矢が空を裂き、リオナへと迫った。


 リオナが身構えるより早く、足元の地面が盛り上がった。太い根が、幾本も跳ね上がる。黒い矢は根に突き刺さり、乾いた音を立てて砕け散った。


「わしを忘れるでない!」


 斜面の上で、ルリが手をかざしていた。


    ◇


 アリアーゼは飛び退いてネクロマンサーから距離を取ると、リオナに向き直った。


「リオナ! 助かりましたわ。ルリもありがとう!」


 言い終わると、折れた剣を見つめた。


「これではもう役に立ちませんわね。今までありがとう」


 柄だけになったそれを、そっと地面へ置く。そして、しばらく動かなかった。


 ネクロマンサーは嘲るような表情を見せた。


「くくく。武器がなくなったな。それでは戦えまい。どうする? 素手で我に挑んでくるか?」


 ネクロマンサーはそう言って、両手を広げた。


 リオナは、はらはらしながらアリアーゼを見つめていた。自分が助けなければ、と思った。改めてアリアーゼの表情を伺う。


 すると――アリアーゼは笑っていた。


「……うふふ。一度、暗黒龍で試し切りを済ませておきましたものね」


 アリアーゼが、顔を上げた。

 腰の後ろへ手を回す。革の鞘から、それを引き抜いた。


 ――包丁だった。


 窪地に差し込む光を受けて、刃が白く光る。


「…………」


 リオナは、口を開けたまま固まった。試し切りで討伐された暗黒龍の事を思い出す。


 ――あれは可哀想だったとしか言いようがなかった。


「アレはなんじゃ?」

「まさか、アレで戦うのか?」


 ルリとエルセルリオンが同時に声を上げた。


    ◇


「さあ、第二ラウンド開始ですわ。準備はよろしくて?」


 アリアーゼは、包丁を正面に構えた。実に堂々としていた。


 ネクロマンサーは困惑の表情を浮かべた。


「……それで、我に刃向かうつもりか?」


「うふふ。これでもわたくしの相棒ですのよ」


 アリアーゼが、駆けた。


 黒い剣が振り下ろされる。それを、包丁の腹が受けた。

 折れない。刃こぼれ一つしない。包丁は黒い剣を完全に弾き飛ばす。


「なにぃ!」


 ネクロマンサーの声に、初めて焦りの色が混じった。その一瞬に、アリアーゼは踏み込んでいた。短い刃が、下から跳ね上がり、装束が裂けた。


 今度は、皮膚では止まらなかった。刃が肉を割り、そのまま抜けていく。


「――ぐああっ!」


 悲鳴が、窪地に響き渡った。


 ネクロマンサーが、大きく後ろへ跳んだ。傷口を押さえる。指の間から、赤黒い血が滴っていた。


「その刃……まさか、オリハルコンか!」


「あら。よくご存じですのね」


 アリアーゼは、包丁を構え直した。


「グラニス族の里で打っていただきましたの。わたくしの大切な花嫁道具ですわ」


    ◇


「アリアーゼ様! わたしも支援します!」


 リオナは、両手を合わせた。


「大いなる光よ、集え! 刃となりて、その身を解き放て!」


 光の刃がネクロマンサーへと走る。

 ネクロマンサーは、身をよじるが、完全にはかわせなかった。装束の肩が、大きく削げ落ちた。


 その着地点へ、アリアーゼが迫っている。包丁の刃が、光を反射した。


「……ふん。ここまでにしておくか」


 ネクロマンサーは、そこで動きを止めた。構えを解き、手の中の黒い剣が霧散していく。


 そのまま両腕を前に突き出した。強烈な風圧が生じ、アリアーゼの動きを押しとどめた。


「もう十分に吸った」


 黒い靄が、その足元から立ちのぼり始める。


「この場に留まる理由はない」


「お待ちなさい! また逃げますの?」


 アリアーゼはそう言ってネクロマンサーを睨みつける。


「目的は果たしたと言っておるのだ」


 靄が、腰のあたりまで上がってきていた。


「女。ますます気に入ったぞ。その気の強さも、その腕も、実に我好みだ」


 ネクロマンサーはアリアーゼに向かって目を細める。


「女。名はなんと申すのだ?」


「……アリアーゼ・フォン・ローレンスですわ」


「アリアーゼか。いつか必ず、お前を手に入れてやる。せいぜい、それまで生き延びるがよい」


 靄が、その姿を包み込んだ。


「我の名はゼルード。近いうちに世界は我が名を知るであろう。では、またな」


「お待ちなさい!」


 アリアーゼが踏み込んだ時には、そこには何も残っていなかった。

ネクロマンサーの撃退には成功しました。しかし、世界樹は無事なのでしょうか?


次回――世界樹を救う方法とは。

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