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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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冥王の名を騙る者

 リオナはホッとして、その場に膝をついた。全身から力が抜けていく。


 アリアーゼに駆け寄りたかったが、立てなかった。代わりに、アリアーゼの方が歩いてきた。


「きいい! あの男、逃げ足だけは速いですわ!」


 アリアーゼは怒りとも、悔しさともとれる表情でつぶやく。

 それから、いつもの柔和な表情に戻ると、リオナに向かって手を差し出した。


「リオナ。よくやってくださいましたわ。あなたがいなかったら、危なかったですわ」


「いえ、そんな。わたしは、ただ夢中で……」


 リオナは照れたような笑顔を見せると、アリアーゼの手を取って立ち上がった。


 アリアーゼは、ネクロマンサーの消えた場所をしばらく見つめていたが、やがてリオナに振り返った。


「ねえ、リオナ」


「はい」


「わたくしたちの剣、今回は効きませんでしたわね」


 リオナは、難しい顔で小さくうなずいた。


「……そうですね。先に倒した魔族もそうでしたが、浄化の力では太刀打ちできませんでした」


「瘴気の森では、あれで追い詰められましたのに」


 アリアーゼは、自分の手のひらを見つめると、グッと拳を固めた。


「明らかに前よりも力をつけていたようですわ」


 リオナは、返す言葉が見つからなかった。


 前回相まみえた時も、その闇の魔力に圧倒された。今回はその魔力がより強く、濃くなっていた。おそらく、世界樹の生命力を吸い取っていたことと、関係があるのだろう。


 前回も、そして今回も、アリアーゼ様の剣技では圧倒することはできた。でも、とどめを刺す事はできず、逃がしてしまっている。

 もし、何らかの方法で、あいつがこのまま力を増していくというのなら、いつかアリアーゼ様の剣でも倒せなくなってしまうかもしれない。


 リオナの心に不安が影を落とした。


    ◇


 ルリとエルセルリオンも二人の元へとやってきた。


 エルセルリオンは傷が癒え、動く元気を取り戻したようだった。アリアーゼに向かって口を開く。


「なんとか終わったようだな」


「ええ。逃げられてしまいましたけれど」


「仕方あるまい」


 エルセルリオンは小さくうなずくと、窪地の底を見回した。黒い線は、もうどこにも見当たらない。地面から立ちのぼっていた靄も、薄くなっていた。


「……世界樹への影響は止まった、ということでよいのだな」


 エルセルリオンはそう言ってリオナを見た。

 リオナはエルセルリオンを見返しながら、力強くうなずく。


「……世界樹から流れ出していたものは、止まったとみて間違いありません」


 その瞬間、エルセルリオンの肩から、力が抜けた。


「そうか。間に合ったか」


 その声は、かすれていた。

 ルリが、その背中をぽんと叩いた。


「よかったのう、長」


「……ああ。わたしの代で世界樹を枯らすのではないかと冷や冷やしたよ」


 エルセルリオンの眉間から皺がなくなり、笑顔になった。しかし、すぐにまた難しい表情に戻る。


「それにしても、あやつは何者なのだ」


 エルセルリオンは腕を組んだ。アリアーゼとリオナを交互に見ながら口を開く。


「ネクロマンサーとか言ったな。お前たちから聞いた話だと、アンデッドを操り、瘴気を扱うそうだな。剣の腕も魔力も、相当なものだった。あれほどの力を持つ者が突然現れるとは、どういうことだ」


「あいつは、千五百年、と申しておりましたわ」


 アリアーゼが答えた。


「瘴気の森で会った時も、同じことを申しておりましたの。この千五百年を無駄にはできぬ、と」


 エルセルリオンの眉間に再び皺が寄った。


「千五百年前といえば、冥王との戦いの時代まで遡る」


 その言葉に、誰もすぐには口を開かなかった。


「……あやつの目的は何なのじゃろうな」


 ルリが唇に指をあてながら疑問を口にした。


「世界樹の力を吸って、それからどうするつもりじゃ」


 その問いにも答えられる者はいない。

 その時、アリアーゼが思い出したようにポンッと手を叩いた。


「そういえばあいつ、去りぎわに名乗っておりましたわ」


 他の三人が一斉にアリアーゼへ振り返る。


「近いうちに世界は我が名を知るであろうとかなんとか言って」


 アリアーゼは、記憶を辿るように視線を上げた。


「確か……ゼルード……だったかしら」


   ◇


 エルセルリオンの動きが、止まった。


「……それは誠か。確かに、そう名乗ったのか?」


 エルセルリオンは掠れた声で言った。


「確かにゼルードと申してましたわ。ご存じですの?」


 エルセルリオンは答えなかった。代わりに、リオナが小さく声を上げた。


「……ゼルードって、まさか」


 その顔から、血の気が引いている。アリアーゼは不思議そうにリオナを見た。


「リオナも、ご存じですの?」


「はい。神殿で、神話として教わりました」


 リオナは、自分の記憶を確かめるように、ゆっくりと言葉を選んだ。


「千五百年前、この世界を闇に沈めようとした存在です。多くの国が滅び、数えきれないほどの命が失われたと。それを打ち倒したのが、勇者と聖女と、四体の聖獣だったと教わりました」


「ふーん」


 アリアーゼが感心したように頷いた。


「まあ、それはそれは大変な騒ぎでしたのね」


 エルセルリオンが、額に手を当てた。


「……お前はっ! そんな風に軽く流せる話じゃないんだぞ?」


「わたくし、そういうお話には疎くて。剣ばかり振っておりましたので」


 悪びれる様子もなく、アリアーゼは胸を張った。

 エルセルリオンは、それ以上何も言う気が起きないという顔で、深く息を吐いた。


「我らエルヴスにとっても、その名は特別だ。神話の中でしか語られん。畏れ多くて、口にする者すらおらん名だ。しかし――」


 エルセルリオンは言葉を切って、目を閉じた。


「……冥王ゼルードは滅んだ」


 エルセルリオンは、はっきりとそう言った。


「千五百年前、確かに滅ぼされた。それは我らの記録にも、人間の伝承にも残っておる。あやつが本人ということは、まさかあるまい」


「では、なんですの?」


「……冥王の名を騙る魔族、ということだろうな」


 エルセルリオンは、そう結論づけた。


「力ある魔族が、恐怖を煽るために神話の名を使う。もしかしたら、冥王に成り代わろうとしているのかもしれん。ありえん話ではない」


「あらあ」


 アリアーゼが、こともなげに首をかしげた。


「迷惑な方がいらっしゃいますのねえ。わたくしの花嫁修業の邪魔だけはなさらないでほしいですわ」


 アリアーゼは小さくため息をついた。


「やれやれだ」

「やれやれです」


 エルセルリオンとリオナも同時にため息をついた。そのため息は、どちらかと言えばアリアーゼに向いていた。


    ◇


「……ゼルードか。嫌な名じゃな」


 ずっと黙っていたルリが、ぽつりと漏らした。


「初めて耳にするが、なんだか心がざわつくわい」


 その言葉にリオナは首を傾げた。


「ルリ様も、ご存じなかったのですか?」


「知らん」


 ルリは、腕を組んだまま首を振った。


「知らんが、なんじゃろうな。胸のあたりが、どうにも落ち着かん」


 リオナは、思わず口を開いていた。


「あの、長老なのにご存知なかったのですか?」


「なんじゃとっ!」


 ルリの眉が、跳ね上がった。


「知らんもんは知らんのじゃ! わしとて、なんでも憶えておるわけではないわ!」


「す、すみません」


「まったく。近ごろの若い者は、年寄りに気を遣うということを知らん」


 ぷりぷりと怒るルリを、リオナは慌ててなだめた。

 エルセルリオンが、その様子を横目で見ながら小さく息を吐く。


「……とにかく、あやつが何者であれ、もう現れないという保証はない。備えは必要だ。だが、ひとまず危険は去ったとみてよかろう」


「あ、あの! エルセルリオン様!」


 リオナが、顔を上げた。


「その事なんですが。ゼルードの名を聞いてから、嫌な予感がするんです。闇との繋がりが切れたのは間違いないのですが、ひとまず世界樹へ戻りましょう。今すぐに」


「ああ、そうだな」


 エルセルリオンが頷いた。


「流れは止まったのだろう。念のため、確かめておくに越したことはない」


 リオナは、それには答えなかった。答えられなかった、と言った方が近い。


 さっきから、胸の奥に引っかかっているものがある。

 世界樹に触れた時に感じた、あの膨大な流れ。生命力の流出は言うまでもないが、逆に、何かが世界樹に流入するのも感じられた。


 いやな予感がどんどんと膨らんでいく。


 リオナは思った。一刻も早く世界樹に戻らなければ、と。


ネクロマンサーは去りましたが、その正体は謎のまま。しかも、なにやら嫌な予感がするようです。


次回――世界樹に戻った四人が目にしたものとは。


お楽しみに!

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