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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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まな板狂戦士

 窪地の底で、ネクロマンサーは顔を上げなかった。手を土に沈めたまま、こちらを見ようともしない。


「さて、客人たちよ。悪いが我は手が離せぬのだ。あと少しだからな。遊んでやる暇はない」


 その声には、焦りなどまるでなかった。


「代わりと言っては何だが、こいつらがお前らの相手をしてやる」


 その声を合図に、枯れ木の陰から四つの人影が現れた。


 黒い装束。背丈は人間と変わらない。だが、フードから覗く額に、短い角が生えていた。瞳には瞳孔がなく、一様に赤く濁っている。


「魔族か……!」


 エルセルリオンが呻いた。


    ◇


 こちらが身構える間もなく、細身の魔族が踏み込んできた。


 速い。


 エルセルリオンが剣を抜いた時には、すでに間合いの内側にいた。刃を合わせようとするが、間に合わない。


「――くっ!」


 エルセルリオンは、とっさに身をかわした。刃が脇腹をかすめる。

 鮮血が飛び、エルセルリオンの身体がよろめいた。


「――ぐっ」


 エルセルリオンは膝をついた。

 致命傷ではない。だが、立ち上がろうとしても、力が入らなかった。


「長!」


 ルリが叫んだ。


 エルセルリオンは、脇腹を押さえている。指の間から、赤いものが滲み出しているのが見えた。


 魔族は足を止めずに、返す刀で再び剣を振り下ろした。

 エルセルリオンは、とっさに腕を上げたが、間に合わない。その時。


 ――キィン!


 金属の弾ける音が響いた。

 アリアーゼが、間に立っていた。刃を受け止めたまま、微動だにしない。


「ほう。受け止めるとは、おまえ、なかなかやるな」


 魔族が、初めて声を出した。


「うふふ。よく言われますわ」


 アリアーゼは、そのまま刃を弾き返した。魔族が跳び退る。


 その後ろから、もう一人が回り込んできた。今度は大柄で、両手に鉄塊のような得物を提げている。二人が、アリアーゼを挟む位置についた。


「アリアーゼ殿。あの者たちは相当な手練れだ。わたしにかまうな」


 エルセルリオンは苦しそうに息を吐いた。


「そうはまいりませんわ。エルセルリオン様、動けますの?」


「……情けないが、無理だな。立ち上がることさえできん」


「では、そのまま座っていればよろしいですわ」


 アリアーゼは、剣を構え直した。左足は、エルセルリオンを背にした位置から一歩も引いていない。


「アリアーゼ殿。すまぬ」


 エルセルリオンは顔を歪めると、地面に視線を落とした。


「謝る必要はございませんわ。これで大きな恩を売れますもの! 恩は返していただかないと!」


 アリアーゼの声色はどこか楽しげだった。

 エルセルリオンは、言葉に詰まった。


(……この娘、どこまで本気なのだ)


    ◇


 リオナとルリは、別の魔族と対峙していた。


「リオナ!」


 ルリの声が飛んだ。


 二人の魔族が、リオナへ向かってくる。一人は手に杖を持ち、もう一人は素手のまま、地を蹴って距離を詰めてくる。


「お任せをっ!」


 リオナは、詠唱に入った。


「大地の水よ、集え。滲み出て姿を現し、即座に凍ってつなぎ止めよ!」


 魔族の足元の地面から水が湧き上がり、その足を絡めとるように凍っていく。


「小癪な」


 魔族の一人が、杖を掲げた。杖の先端に黒い光が集まっていく。


 リオナは、その動きを見た。構えが違う。魔力の練り方も、詠唱の運びも、これまで戦ってきたどの相手とも違っていた。


 ――魔術師だ。


 本格的な魔術師と対峙するのは初めてだ。背筋が、冷たくなった。


「よそ見をするでない!」


 ルリが、リオナの前へ躍り出た。

 地面が、盛り上がる。太い根が幾本も跳ね上がり、黒い光を横から叩き落とした。


「ルリ様……!」


「わしが前じゃ。お主は後ろから撃て。守ってやるから、安心して撃つがよい」


 ルリは、振り返らずに言った。


 リオナは、一瞬だけ目を見開いた。それから、力強く頷いた。


「はいっ! お任せをっ!」


    ◇


 エルセルリオンは、地面に膝をついたまま、目の前の戦いを見上げていた。


 アリアーゼが、二人の魔族を同時に相手にしている。


 細身の一人が左から斬りかかる。それをいなした瞬間、右から鉄塊が振り下ろされる。アリアーゼは剣の腹で受け、体ごと流した。地面が抉れ、土が跳ねる。


 敵の攻撃をかわしながらも、アリアーゼのいる場所はほとんど変わっていない。


(……わたしを守ることを最大限に優先している)


 エルセルリオンは悟った。しかし。


(……このままでは)


 エルセルリオンは唇を噛んだ。このままかわし続けられるとは、とても思えなかった。


 エルセルリオンはもう一度アリアーゼを見た。そして、目を見開いた。


 アリアーゼは笑っていた。


「うふ」


 鉄塊が肩をかすめた。装束が裂ける。それでも、笑みは消えなかった。


「うふふ」


 むしろ、深くなっていく。


「うふふふふ」


 エルセルリオンは、思わず息を呑んだ。


 目が、笑っていない。口元だけが、限界まで吊り上がっている。土ぼこりにまみれたまま、アリアーゼは、追い詰められるほどに楽しそうな顔をしていた。


(この娘……戦闘狂か! まるで狂戦士《バーサーカー》ではないか!)


 その時、アリアーゼの唇が動いた。


「……まな板ですわ」


「は?」


「守りきって、まな板を手に入れるのですわ」


 アリアーゼは、剣を振るいながら呟き続けている。


「これは好機ですわ。もっともっと恩を売る好機……ええ、そうですわ。ここで守りきれば、さすがにあの頑固な長も」


「おい」


「さあ、かかってくるのですわああ!」


 アリアーゼが吠えた。魔族の二人が、わずかに退いた。


 エルセルリオンは、その背中を見上げたまま動けなかった。


(……まな板狂?)


    ◇


「ルリ様、右です!」


「わかっておる!」


 根が跳ね上がり、黒い光を弾いた。

 リオナは、その後ろから光を放ち続けていた。氷で足を止め、光で撃つ。撃つ。撃つ。


 光は何度か魔族に直撃している。だが、倒れない。


 浄化が効かない。アンデッドとは違う。この相手には、光は「痛みを与える」だけだった。


(……なら)


 リオナは、詠唱を切り替えた。


「大気の風よ、集え!」


 風が渦を巻く。


「巻き上げよ!」


 地面の砂と、砕けた氷の破片が、一斉に舞い上がった。魔術師が腕で顔を庇う。詠唱が、途切れた。


「ルリ様っ! 今です!」


「うむ!」


 ルリの足元から、根が奔った。


 地を割り、真下から突き上げる。魔術師の体が宙に浮いた。そこへ、二本目、三本目が巻きついていく。


「――ぐ、が」


 根が締まった。杖が、音を立てて折れる。


 残った一人が、氷を砕いて跳びかかってきた。


「リオナ!」


「お任せあれ!」


 リオナは、下がらなかった。

 リオナは、魔力の流れを変えた。光の魔力を一点へと集め、細く、鋭く絞り込んでいく。


 聖女修行では、禁術として教えられていた使い方だ。けれど。


(神殿から離れてるし……ま、いっか)


 リオナは両手を胸の前で突き出し、手の平を合わせた。


「大いなる光よ、集え! 刃となりて、その身を解き放て!」


 至近距離で、光の刃が魔族の腹を貫いた。

 魔族の体が、後ろへ吹き飛ぶ。倒れたところへ、ルリの根が覆いかぶさった。


    ◇


「エルセルリオン様!」

「長! しっかりしろ!」


 リオナとルリが、エルセルリオンのもとへ駆け寄った。

 ルリはエルセルリオンを守るように根で囲い、リオナが傷口に手を当てる。


「大いなる光よ、集え! 傷を閉じ、その命を繋ぎとめよ!」


 光が、傷口へ流れ込む。皮膚の縁が、内側から寄っていった。


「……すまん。助かった」


「動かないでください」


 リオナは、傷が塞がるのを確かめると、アリアーゼに向かって叫んだ。


「アリアーゼ様! こちらはもう大丈夫です。遠慮しないで、やっちゃってください!」


    ◇


 アリアーゼの目から、あの笑みが消えた。


「そう」


 剣を、持ち替える。


「では、お待たせいたしましたわね」


 次の瞬間、アリアーゼの姿が消えた。


 風が鳴った。細身の魔族の体が、上下に分かれて崩れ落ちる。振り向いた大柄な魔族が、鉄塊を振り上げた。


 その腕が、肘から落ちた。


 残った腕を伸ばそうとして、その手首も落ちた。膝が折れる。地に伏せる。


 音は、三つだけだった。

 それきり、窪地の縁には誰も立っていなかった。


「…………」


 エルセルリオンは、口を開けたまま、その光景を見ていた。


 先ほどまでの苦戦は、何だったのか。


 答えは、分かっている。守るという制約がはずれたからだ。


「アリアーゼ殿、助かったよ」


 エルセルリオンは、ようやく声を出した。


「うふふ」


 アリアーゼが、振り返った。にっこりと微笑む。


「わたくしのおかげですわね?」


「……そうだな。間違いない。だが、まな板は――」


「わ、た、く、し、の、おかげですわね?」


「…………」


 エルセルリオンは、それ以上何も言えなかった。


「まあ、まだ全部は終わっておりませんので、後ほどですわね」


 アリアーゼは、あっさりとそう言うと、窪地の底へ向き直った。


 剣を、握り直すと、ネクロマンサーを見据えた。


「さあ、今度こそ覚悟なさい!」


アリアーゼ様、大暴れの回でした。エルセルリオン様は無事でよかったですね。


次回――いよいよネクロマンサーと対決です!

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