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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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まさかの再会

 リオナは、幹に両手を当て、意識を集中させた。

 世界樹の生命力を感じ、息を呑む。


 ――大きい。


 力が、流れているのがわかる。あまりにも膨大で、底が見えない。まるで巨大な川の中に、自分の身体ごと沈められたようだった。

 触れているだけなのに、その奔流に自分の意識まで押し流されてしまいそうになる。


 この木は、ありえないほどの巨木というわけではない。それなのに、内側にあるものの大きさが、外からは何ひとつ見えていなかった。


(……これを、わたしが癒す?)


 すぐに無理だと悟った。器が違いすぎる。

 両手で池を汲み出そうとするようなものだ。自分の全部を注ぎ込んだところで、あの黒い枝の一本すら戻せないだろう。


 リオナは手を離そうとした。

 その瞬間、指先に別のものが触れた。


 膨大な流れの中に、細い筋がある。それは冷たく、粘りつくようだった。生命力の流れとは、まったく逆を向いている。


 リオナは、目を開けた。


「エルセルリオン様。原因が、分かりました」


 無意識に声が上ずった。


「なんだと!」


 エルセルリオンが目を見開く。

 リオナは、幹に手を当てたまま、視線を下へ向けた。


「闇の魔力が、根に繋がっています。それも、ずいぶん深いところです」


 リオナは、そこにあるものを言葉にしようとして、少し迷った。


「侵食されている、というのとは違います。世界樹の力に闇の魔力が入り込んで、そのまま外へ流れ出しています。管を通したように」


「……つまり、どういうことだ」


 リオナは、顔を上げた。


「端的に言えば、吸い取られています」


 誰も、すぐには口を開かなかった。全員が、その場に立ち尽くしていた。


    ◇


 沈黙を破ったのはエルセルリオンだった。


「……いったい、誰がそんなことを」


 エルセルリオンの声には、抑えきれない焦りが滲んでいた。


「分かりません。ですが、繋がっているということは、それを辿ることができます」


 リオナは、森の奥へ視線を向けた。冷たい筋は、地面の下を這うように伸びている。


「……嫌な感じじゃのう」


 ずっと黙っていたルリが、口を開いた。

 いつもの調子ではなかった。眉を寄せ、同じ方角をじっと見ている。


「ルリ。何かわかりますの?」


 アリアーゼが振り向いた。


「いや……詳しいことはわからん」


 ルリは首を振ったが、視線はそのままだった。


「だが、わしは昔、この感じに出会ったことがある気がするのじゃ。ずっと昔に。ずいぶんと、嫌な思いをした憶えがある」


「いつのことですの?」


「それが分からん」


 ルリは、こめかみに指を当てた。


「なんじゃろうか。……思い出せん」


    ◇


「行ってみましょう。元を絶たなければ、いくら癒しても同じですわ」


 アリアーゼが言った。


「そうだな」


 エルセルリオンが頷いた。それから、荷を担いだ里の者たちへ振り返る。


「お前たちは、ここに残れ」


「しかし、長」


「相手が分からん。この先は危険だ」


 エルセルリオンは、言葉を切った。


「わたしとルリ様、それにこの二人で行く。人数は要らん」


 里の者たちは顔を見合わせたが、やがて一礼して下がった。


    ◇


 四人は、森の奥へ進んだ。


 リオナが先頭に立った。目を閉じては開き、方向を確かめる。冷たい筋は、地面の下を這うように伸びていた。


 そのすぐ隣をルリが寄り添うように歩く。おそらく、何かあってもリオナを守るためであろう。たぶん、そうだと思いたい。


 進むにつれ、空気が変わっていった。


 光が薄くなる。木々の緑が、色を失っていく。足元の草が、まばらになっていった。


 リオナの足取りが、少しずつ遅くなった。


 この感じに覚えがある。


 瘴気の森の地下、アリエルとナノの二人が膝をついて倒れたときのあの感じと一緒だ。


 リオナは、足を止めた。


「アリアーゼ様」


 振り返る。アリアーゼは、すぐ後ろにいた。


「この闇の魔力……同じです」


「ええ」


 アリアーゼの声は、静かだった。

 その目からは、いつもの笑みが消えていた。


    ◇


 どれほど歩いただろうか。


 周囲の木々は、すでに緑を失っていた。幹は黒ずみ、枝は骨のように白く干からびている。地面には草の一本も生えていなかった。


 空気が、重い。


「……これは、ひどいな」


 エルセルリオンが、周囲を見回した。


「ここも、我らの森だ。ほんの数年前まで、鹿の通り道だった」


 そう言って、エルセルリオンはしばらく黙って歩いた。


 やがて、森の景色が少しずつ変わっていった。木々の間隔が広がり、足元の地面が緩やかに下がっていく。


 その先に、窪地があった。


 すり鉢のように地面がくぼみ、底の方から黒い靄が立ちのぼっている。木々は倒れ、根が剥き出しになったまま朽ちていた。


 四人は、その縁に立った。


 窪地の中央に、人影があった。


 黒いローブ。深く被ったフード。地面に膝をつき、両手を土に沈めている。その手の周りから、幾筋もの黒い線が這い出し、地面の下へ潜り込んでいた。


 リオナの手が、震えた。


 間違いない。この筋が、世界樹の根へ繋がっている。


「――あなた、そこで何をしていますの?」


 口を開いたのは、アリアーゼだった。

 人影が、ゆっくりと顔を上げた。


「ほう」


 フードの奥から、低い声が漏れた。


「これは驚いた。まさか、こんな場所で再び相見えようとはな」


 その声を聞いた瞬間、リオナの背中を冷たいものが走った。


 瘴気の森。

 地下の空洞。

 アリエルとナノが膝をつき、アンデッドに囲まれた、あの夜。 


 リオナは、その声を知っていた。


「あなたは、あのときの……!」


「久しいな、聖女よ」


 男は、体勢を変えずに言った。

 そして、男の顔が、アリアーゼへ向いた。


「くくく。こんな所で会うとはな。息災であったか。我が未来の妃よ」


 アリアーゼは男を見据えたまま、何も言わなかった。


「知り合いか?」


 エルセルリオンが、低く声で問う。

 アリアーゼは小さく頷いた。


「ええ。以前、ゼリアス王国でお会いしましたわ。アンデッドを大量に発生させていた方ですの。ネクロマンサーと名乗っておりましたわ」


「そんな者が、なぜここにいるのだ」


「さあ。ご趣味なのではないかしら」


「趣味で世界樹を枯らされてたまるか!」


 エルセルリオンが叫んだ。


「――貴様!」


 エルセルリオンは、窪地の底へ向かって声を張り上げた。


「その手を離せ! 世界樹から何を吸っている!」


「ふん」


 男は、鼻を鳴らした。


「エルヴスか。ずいぶんと薄まったものだな。千五百年前は、もう少し骨のある種族であった気がするが」


 エルセルリオンの動きが、止まった。


「……なんだと。それは、どういう意味だ!」


 エルセルリオンは男を睨みつける。


「言葉のままだ」


 男は怪しい笑みを浮かべた。


「我はな、待っておったのだ。長い、長い時間をかけて」


 その足元から、黒い靄が湧き上がる。


「まずは、ようやく形を取り戻した。だが、まだまだ力が足りん。そのためにはきっかけと時間が必要だ」


 男は、四人の背後へと視線を送った。


「世界樹の生命力は、実に好都合だ。我が力を取り戻すきっかけとしてな」


「……あなた」


 リオナの声が、震えた。


「世界樹の生命力を奪おうとしているんですか?」


「当然であろう」


 男は、事もなげに言った。


「これほど質のよい餌が、他にあるか」


 男が言い終わると、ルリの足が一歩前に出た。


「――おのれ」


 声が低かった。いつもの、あの子どもじみた響きではない。


「ルリ?」


 アリアーゼが振り向いた。ルリは、窪地の底を睨みつけたまま動かない。その拳が、強く握られている。


「……わしは大昔に、あやつに会ったことがある気がする。しかし、思い出せん。思い出せんのに腹が立ってしかたがないんじゃ」


まさかの再会。そして、ルリにも何やら因縁があるようです。

次回――四人はネクロマンサーを止められるのか! 


お楽しみに!

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