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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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ツンがデレる

 アリアーゼとリオナの二人は、宿へ戻る道を並んで歩いていた。


 リオナの目は、まだ少し腫れている。それでも足取りは、来た時よりずっと軽かった。


「あの、アリアーゼ様」


「なにかしら?」


「ルリ様とお二人で、でかけたのではなかったのですか?」


 朝、宿を出るとき、ルリはたくさんの予定を数え上げていた。それを全部やめて、こんな里の外れまで来ていたことになる。


「わたくしが、リオナを置いていくわけありませんわ」


 アリアーゼは、当然のことのように答えた。


「それに、あのあとルリがひどく落ち込んでしまいまして。慰めるのが大変でしたのよ」


「……ルリ様が?」


 リオナは、思わず聞き返した。

 昨日からのルリの態度を思い返す。アリアーゼにはあれほど親しげにしていたのに、自分にはどうにも素っ気なかった。


「ええ。しょんぼりと肩を落として、それは可哀想なほどでしたわ」


 リオナは、朝の食堂を思い出した。

 自分が席を立ったとき、背中に届いた声。確かに、二つではあったが……。


 リオナは、理解に苦しんだ。

 自分が一緒に行かないと言えば、ルリはむしろ喜ぶものだと思っていた。


「なぜルリ様が落ち込むんですか。わたしは行かないと言ったのに」


「あら。リオナが行かないと言ったからですわ。リオナは、気づいておりませんでしたの?」


 アリアーゼは、不思議そうに首をかしげた。


「ルリはあなたとのお出かけをずいぶん楽しみにしていたのですわよ? そのために、いろいろと観光場所を考えたり、おめかしまでして」


「……ええっ?」


 リオナは、足を止めた。


「わたしのため、ですか? わたしはてっきり、ルリ様から嫌われているものとばかり」


「うふふ。逆ですわ」


 アリアーゼは、楽しそうに笑った。


「リオナはご存知ないのかしら? ああいうのを、ツンデレというのですわ」


「はあ?」


 リオナは、そのまましばらく動かなかった。


 昨日の光景を思い出してみる。

 ルリはずっとリオナに対してそっけなかった。言葉の端にとげとげしさがあった。


 ……でも、無視はされていなかった。


 根が張り出していると教えてくれた。泉の水を飲めと促してくれた。滝を見せて、自慢げにしていた。赤い実を食べろと勧めてくれた。


「……え、だって。ルリ様は、アリアーゼ様とわたしでは態度が違って……あれ、まって」


 リオナは、両手で頭を抱えた。

 アリアーゼは笑いそうになるのをこらえるように口元を隠した。


「リオナを気に入りすぎて、素直になれなかったみたいですわ。リオナとうまく話せないと嘆いておられましたもの」


 リオナの中でようやく全てがつながった。

 神殿でも、好きな人を前にすると、わざと素っ気ない態度をとってしまう人を見たことがあった。


 けれど。


(――めんどくせええええええ!)


 リオナは天を仰いだ。

 アリアーゼは不思議そうにリオナを見た。


「どうかしまして?」


「……いえ。なんでもありません」


    ◇


 宿へ戻ってしばらくすると、ルリが顔を出した。

 髪はきちんと直されており、耳の花飾りも新しいものに替わっていた。


「待たせたな」


「ルリ様。あの方々は?」


 リオナは恐る恐るたずねてみた。


「長に突き出してきた。まあ、無事では済まん」


 ルリは、事もなげに言った。


「容易に出ては来れん場所じゃ。まあ、これ以上は気にするな」


「……はい」


 リオナは、それ以上聞かなかった。


「さて」


 ルリは、こほんと咳払いをした。


「今日はまだ、始まったばかりじゃ。あ、改めて観光するというのは……どうじゃろうかの?」


 ルリはそう言って、リオナにちらっと視線を向けた。


「……はい。ぜひ、ご一緒させてください」


 リオナはそう言って、ルリに笑顔をむけてみた。


「ひぐっ」


 ルリは瞬時に後ろを振り返った。リオナと視線を合わせようとしない。


「ま、まったく。最初からリオナが行くといっておれば面倒なことにはならなかったんじゃ! でも、まあ、あのクズどもを成敗できたという意味では、か、感謝しとる」


 ルリの口調は昨日と同じだ。同じはずなのに、リオナには昨日とはまるで違って聞こえた。


 隣ではアリアーゼがにこにこしながら、二人を交互に見つめていた。

 

    ◇


 三人は昨日とは違って、里の北へ抜ける道を歩いていた。


 昨日と同じように、アリアーゼとルリが前を歩き、リオナがその後ろについた。細い道の幅は変わらない。ルリの腕は、相変わらずアリアーゼに絡んでいる。


 だが、リオナの目に映るものは、昨日とはまるで違っていた。


 ルリが、時折足を止める。道に垂れ下がった枝を払う。下生えの蔓を靴の先で脇へ寄せる。それから、何事もなかったように歩き出す。


 その一つひとつが、全部、後ろを歩く者のためのものだった。


「そこ、岩がつきでておる」


 ルリが、前を向いたまま言った。


「気をつけよ」


「はい。ありがとうございます」


 リオナが答えると、ルリの肩がわずかに跳ねた。それきり、何も言わずに歩いていった。


    ◇


 道の先が開けたところに、一本の大木が立っていた。


 幹はねじれるように太く、うねりながら空へ伸びている。表面には深い皺が幾重にも刻まれ、その隙間から白い花が咲いていた。日の光を受けて、幹全体が淡く光って見える。


「わあ……すごくきれい!」


 リオナは、思わず声を漏らした。このような大木は、森の外では一度も見たことがない。しばらく見惚れていると、視線を感じた。そちらに顔を向けると、ルリだった。


 ルリは、慌てたように顔を背けた。


「べ、別に、お主のために連れてきたわけではないんじゃからね。か、勘違いするでないぞ」


 昨日も同じような台詞を聞いた。なのに、まるで違って聞こえた。

 リオナは、そっとルリの横顔を覗き込んだ。耳の先まで、真っ赤だった。


(……この人、可愛いかも)


 リオナの口元が、ゆるんだ。


「はい。勘違いはいたしません」


「う、うむ。それでよい」


 ルリは、こくこくと頷いた。


    ◇


 昼になり、三人は木陰に腰を下ろした。


 包みを開くと、昨日と同じ赤い実が入っていた。ルリはひとつつまみ上げると、リオナの方へおそるおそる差し出した。


「どうせ……リオナは食べんのじゃろ?」


 ルリの手が少しだけ震えている。心なしかその表情はしょんぼりしているようにも見える。


「いいえ。喜んでいただきます」


 リオナは、素直にそう言って、赤い実をつまんだルリの指ごと、ぱくりと口に入れた。


 「ひゃっ!」


 ルリが飛び上がった。慌てて手を引っ込めると、耳まで真っ赤になっている。


「な、な、なにをしておるのじゃ!」


「え?」


 リオナは、きょとんとした顔で首をかしげた。


「昨日のアリアーゼ様と同じように、いただいただけですが……」


「こ、心の準備が終わっておらんのよ! いや、なんでもないわ!」


 ルリは両手で自分の頬を押さえた。


「ルリ様。この実、とってもおいしいです」


 リオナは、にっこりと笑った。


「はうっ!」


 ルリが、変な声を出した。


「そのような笑顔を、気軽に振りまくでない!」


「え?」


「そうやって笑うから、男どもに狙われるんじゃ! 少しは自覚せい!」


 ルリは、真っ赤な顔でまくし立てると、ぷいと横を向いた。


 リオナは、やれやれと苦笑いを浮かべた。


 隣では、アリアーゼが二人のやりとりを見ながら、やっぱり笑っていた。


    ◇


 日が傾く頃、三人は里へ戻った。


 宿の前でルリと別れ、アリアーゼとリオナは部屋へ続く階段を上がっていく。


「ルリ様って、思ってたよりずっと可愛らしい方でしたね」


 リオナは、今日の出来事を思い出しながら、笑顔を浮かべた。


「うふふ。そうですわね」


「あの、アリアーゼ様」


 リオナは、階段の途中で足を止めた。


「今日は、助けにきてくれて、ありがとうございました」


「あの程度のこと、淑女のたしなみですわ。まあ、ちょっとだけ探すのに手間取りましたけれど」


 アリアーゼは、リオナに視線を向けて、片目をつぶってみせた。

 リオナは小さく笑うと、思い出したように口を開いた。


「あの男の人たちは、どんな罰を受けるのでしょうね」


「どんな罰かはわかりませんけれど……」


 アリアーゼは、少しだけ眉を寄せた。


「リオナに手をだそうとするなんて! あんな奴ら、股間に付いているいけない棒を切り落としてやればいいのですわ」


「そうですね。いけない棒を……」


 リオナは、頷きかけて止まった。


 いけない棒?


 棒とは、なんだろうか。

 股間についている、棒?

 男たちの棒?


「…………」


 リオナの顔が、じわじわと赤くなっていく。耳の先まで、熱が上がっていった。


「あ、アリアーゼ様って!」


 リオナは、思わず声を上げた。


「シレっと、そんなことをおっしゃる方だったんですね!」


「あら。いけませんでしたかしら」


「いけませんというか、その……」


 リオナは、口ごもった。それから、階段の上下を見回して、誰もいないことを確かめてから、小声で尋ねた。


「アリアーゼ様は、そ、その。やはり殿方との、えっと、ご経験が、おありなのですね?」


「あら、それは!」


 アリアーゼは、ぱっと顔を輝かせた。そして、胸を張る。


「うふふ。自慢じゃありませんが……」


 リオナは、思わず息を呑んだ。


「さっぱり、これっぽっちもございませんわ」


「へ?」


「ちゅうですら、リオナが初めてですもの!」


「そ、そうなのですか?」


 リオナは、目を丸くした。


「ええ! 殿方を満足させるのも、お嫁さんの務めかと思って、知識のお勉強だけはがんばりましたわ!」


 アリアーゼは、実に晴れやかな顔でそう言い切った。

 リオナは、しばらく言葉が出てこなかった。


(……もしかしてこの人、その手の知識も、お料理やお掃除と同列の扱いなのですか?)


 アリアーゼは鼻歌を歌いながら階段を上がっていく。

 

 リオナはその背中を眺めながら、アリアーゼがまた、変な練習とかいいださないといいなと、余計な心配をしていた。


ルリの本当の気持ちを知って、すっかり打ち解けたリオナでした。


次回――いよいよ世界樹の異変へ!

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